■「内定への一言」バックナンバー編


「無から有は生み出せない」




学生の皆さんは、日々「記憶」という作業に直面していると思いますが、司馬遼太郎「胡蝶の夢」という作品を読んだことはありますか?「記憶力を高めたい!」と言う学生さんには、いつも古代への情熱」(シュリーマン/新潮文庫)「奇跡の英単語」(長崎玄弥/祥伝社)を紹介してきましたが、「胡蝶の夢」(新潮文庫)も役立つ一冊です。



中学生の頃は司馬遼太郎の作品に凝っていて、高校時代にかけて代表作はほぼ読みましたが、その中でも本作品は、登場人物である島倉伊之助(司馬凌海)の悲劇性が特に印象的です。



司馬さんの作品で、教科書に登場しない人物の偉大さに開眼した読者は多いと思うのですが、司馬作品の愛読者なら「彼はすごすぎる」と言う一人が、「胡蝶の夢」で蘭学修行に励んだ若者である伊之助です。誰か読んだことがあればいいんですが



伊之助が持っていた、後世に語り伝えられるほどの能力こそ、「悪魔の業」と恐れられた彼の「記憶力」です。士農工商の身分制度が確立していた時期に、収集できる情報や経済力に制限があった下級武士や農民たちが、どれだけ「洋学」に憧れたかは、多くの人物の伝記に記されているところです。



大志を抱くも、現在の受験勉強以上の知識の膨大さと難解さ、習得費の高さに「浪人生活」を余儀なくされ、自らの才能の不足に挫折した「自称・志士」たちもたくさんいました。



そのような多くの若者の夢を阻んだ壁である記憶力、理解力、集中力を、伊之助がどれだけ異常な状態で備えていたかは、以下の実話からも推測できます。ちょっとエピソードを挙げてみましょう。

・書物を一見するだけで、ページを完全に筆写できた。
・オランダ語で物理学、化学、医学を修めた。
・英語、フランス語、ドイツ語、オランダ語の医学書や辞書を、一度見ただけで1ページも余さず記憶した。


この程度は、それこそ彼にとっては「朝飯前」でした。さらにすごいのは


・オランダ人医師ポンペから借りた解剖学の教科書を、隅から隅まで覚えたばかりではなく、ポンペの講義の一字一句までを記憶し、一度聞いたしゃべり方は些細な点まで真似することができた。
・ポンペのオランダ語の講義を聴きながら、同時に最も正確なオランダ語に校正して筆写できたほか、オランダ語の講義をリアルタイムで漢文に翻訳して記録した。
・趣味でギリシャ語、ラテン語、中国語もマスターした。
・いつの間にかラテン語も覚えていて、その正確さは西洋人以上だった。


なるほど、同世代が「悪魔の業」と思ったのも無理はありません。でも、伊之助の記憶力はまだまだすごいのです。

・佐渡金山の調査に来たイギリス人ガワーが、伊之助の英語の流暢さに驚き、「まるでロンドンの街角にいるようだ」と言った。
・ドイツ人医師ヨハンから10ヶ月間ドイツ語を習い、ドイツ人と変わらない会話力、読解力を身につけた。
・ドイツ人医師ミュレルは、伊之助のドイツ語を聞いて「ドイツのどこにおられたんですか」と聞いたが、伊之助が「日本から出たこともありません」と答えたのに驚き、「私のフランス人の妻は結婚して11年になるが、今でもあなたほど流暢にドイツ語を話せない」と感嘆した。

恐るべき記憶力です。



のち、幕府の洋学研究所だった「大学南校」が東京大学に改称され、そこを19歳で卒業したのは森鴎外岡倉天心の2人しかいませんが、伊之助の記憶力や知識は、この2人を軽く超えています。



ただ、惜しむらくは、彼は異能のあまり周囲によく理解されず、人間関係がうまくいかずに寂しい人生を過ごした、ということ。「胡蝶の夢」は、時代の流れに翻弄された若者の姿に、様々なことを考えさせられる作品でもあります。



さて、この伊之助の驚異的な才能に着目し、なんとかその秘訣を現代に再現したいと、地道なフィールドワークを重ねて研究を続け、21年前に「悪魔の記憶術」(KKロングセラーズ)を書いたのが、小柳詳助さんです。



大牟田に生まれ、三池高校を卒業して文筆業に人生をかけた小柳さんは、3年前に70歳で亡くなりましたが、彼の代表作となった同書は、出るやいなや57刷を重ねました。当時は「脳力」などというと「怪しい」と言われるような時代で、記憶に関する怪しい本もいっぱいあったのでしょうが、本書は具体的な事例が豊富で、身に付ける方法もたくさん書いてあります。



もう絶版で、古本屋でも取り扱っておらず、アマゾンでわずか「4冊」しか在庫がない(欲しい人はすぐ注文した方がいいですよ)という本書を、僕は数年前に香椎のブックオフで、\105で買いました。



以来、本書は営業や説明のみならず、10歳近くも年が離れた大学生に、効果的・効率的に会計知識や語学を覚えてもらうのに、とても役立っています。



最近はサークル内でも「記憶」や「速読」に興味を持つ学生さんが増えてきたため、秋からはこういうテーマで勉強するのもいいかもしれませんね。近々、本書をFUN Business Cafeで読みましょう。



さて、本書に限らず記憶や集中を扱った名著に共通しているのは、「無から有は生み出せない」という考え方です。よく「無から有を生み出す」という言い回しが使われますが、それは文学的にドラマチックだから言われるだけで、完全な無から有が生まれることはありえません。



ボーッと過ごしていた大学生が、突然変異で秀才に変わることなど、絶対にありえません。あるのはただ、「小さなきっかけに執着し、効果的に活用した」というプロセスだけです。



記憶にしても、そこに働く大切な要因は「想像と連想」です。つまり、いつもFUNで言っていることですが、記憶とは「インプット」ではなく、「アウトプット」の作業なのです。保有知識を外界の何かと連結させようとする時、初めて思い出すことができます。



作文塾でも、記憶力とは「覚える力」ではなく、「思い出す力」だと何度も言いましたが、結び付け方や関連付けこそ、覚え方以上に大事なことです。最もダメなのは「語呂合わせ」で、長時間の集中もお奨めできません。時間をかけて良くなるのは「ウィスキー」くらいで、後に再現が困難な努力をやっても、再挑戦するのが嫌になるだけでしょう。



「秀才は知識を詰め込み、天才は勉強の仕方を発明する」の通り、まず、集中可能、継続可能、復元可能であることを目標とし、そこから逆算して勉強方法を編み出すのが、最初は遠く見えても一番近道です。



それはまた、小さな「有」から大きな有を生み出す過程でもあります。本書の他に、記憶や学習に役立つ本としては、「時間の儲け方」(能率頭脳集団/KKベストセラーズ絶版)をお奨めします。ここに書かれた速読は、本当に参考になりますよ。



月に1回ほど、メルマガで「○○塾」の案内を流しています。「関係ないや」、「本当?」と疑う人もいるでしょう。それは、皆さんの記憶力や理解力が低いから、「自分にはそんなことは学べない」と決め付けているのかもしれませんよ。大抵の人は、自分の実力に合った情報しか信用しないのですから。



しかし、伸びる人は「そうありたい自分」を信用するものです。「今までの自分」と「そうありたい自分」のどちらと付き合うのがいいかは、誰でも分かるでしょう。



受験勉強で「勉強が嫌いになった」という若者が増えるのが、現代の教育の最も許せない側面です。僕もああいう種類の勉強は大嫌いです。



しかし、勉強は絶対に必要だと確信しています。また、今の大学生に知的欠格要因の落差が激しく、社会に出る前に大きな格差が開いているのも、よく感じます。誰しも、「今のままの自分でいい」とは思っていないでしょう。「何かやらないと」とも思っているでしょう。そして、その獲得成果を左右するのが、記憶力と集中力だというのも、同意できるでしょう。



今ある「有」から、さらに大きな「有」を生み出してみたくはありませんか?学生がその気になったら、社会人など相手ではありませんよ。FUNで3年間、学生さんの「私にはそんなのは学べない」、「私は興味がない」、「できるはずがない」という先入観と格闘を重ねてきました。



勝負がどうだったかは、部員の皆さんはよく分かるでしょう。そして、学んだ内容もよく覚えていることでしょう。キーワードさえ言えば、1年前、2年前の内容も、すぐに思い出せるでしょう。なぜなんでしょうね。



「ダラダラした自分は今年でお別れだ!この夏に自分を変えてやる!」と今思った学生さんは、ぜひ一緒に勉強しませんか?その決意だけあれば、FUNはいくらでも成長できるきっかけがあるサークルですよ。今年の後半は、記憶と集中について学びます。