■「内定への一言」バックナンバー編
「時間がないと言う時はたいてい、集中力がないのだ」(山本猛夫)
その②
海外勤務から帰国した97年は、山一證券や三陽証券、北海道拓殖銀行が相次いで倒産し、僕の同級生は「とりあえず、金融と不動産はお断り」という年でした。11月までリクルートスーツで会社を訪問する4年生が話題になり、「超・氷河期」と呼ばれた時期でした。
だから、差し当たりの「内定」はもらえても、死んだ魚のような目つきで働いている友達も多かったのです。帰国して経済誌の記者になったのが23歳の時でしたから、同級生はちょうど新卒で社会人になった年です。
仕事が終わって、彼らに天神や中洲の居酒屋で会うと、口々に「仕事が楽しくない」、「会社やめたい」、「こんなはずじゃなかった」と言うではありませんか。僕が小学生の頃、父が酒を飲みながらぼやいていたのと同じ姿を見て、何か本能的に「これは危ない!」と悟り、ちょうど毎日社長に会う仕事をしていたことから、僕のできる範囲で悩みを聞き、転職先を紹介しました。
幸い、転職はほとんど成功し、友達からも喜んでもらうことができました。その際、会社からは「君は説明がうまい」、友達からは「小島君に聞くとどんな仕事も楽しい」と言ってもらえ、自分の新たな才能に気付くこともできました。
そして、おだてられた結果、会社をやめて「転職・再就職支援事業」を立ち上げたわけです。26歳での起業でした。男が仕事の愚痴を言う姿を見ると、頭から酒をぶっかけたくなるくらい情けないものだし、女が仕事の愚痴を言う姿も、子供にとって悪い影響を与えます。
たとえ「それが社会の現実」と言われようと、それが子供にどれだけ恐怖を与え、現実逃避を加速させるか。親が尊敬できない社会に、本当の発展などできるわけがないのです。
僕は創業当初、独立希望者を顧客層にしたビジネスを狙いましたが、これは完全に失敗し、手痛い目に遭いました。しかし、同時に「フリーター」と呼ばれる人から、たくさんの依頼を受けました。
まるで、「死ぬ前の父」と同じ精神構造を持った若者たちを見て、僕はなぜか放っておけなくなり、いつしかこの人たちを相手に仕事をするようになったわけです。
そして、その苦難の創業を手伝ってくれた安田君に、いつか恩返しをしたいと願っていたら、「学生も悩んでますよ。ぜひ相談に乗ってあげて下さい。みんな喜びます」と聞き、社会奉仕の一環として、ミスドやドトールで学生さんの相談にも乗るようにしました。
最初は、学生のあまりの勉強不足と考えの甘さに、目まいがするほど驚きました。僕は大学を中退したので、大学の就職指導がどういうものかは知りませんでしたが、フリーターの相談を通じ、間接的に興味を持っていました。
それは、「小手先のマニュアル中心」で、家庭の誇りになるとか、社会を救うとか、人の人生に良い影響を及ぼすといった「他者への愛情」とは程遠い、ただ「自分の問題解決=内定」のみを目的とした、卑しくみみっちい就職指導でした。
「こりゃ、プー太郎やプー子が続々と輩出されるわけだ…それにしても、こんなに素直な学生さんなのに、チャンスが与えられず、本当にかわいそうだ」と、またまた儲からない正義感が顔を出し、定期的に相談に乗るようにしました。
すると…来るわ来るわ。「僕の友達も連れてきていいですか?」、「小島さんの話をもっと早く聞きたかった」、「今からでもいいから経済とか企業の勉強をしたいです」…たまたま海外勤務や記者、会社設立の経験があり、商取引や経済・金融用語に詳しかったことも、幸いしました。僕の「知識の過剰在庫」が、思わぬところで役立ったわけです。
噂が口コミで広がり…毎週机が一個ずつ増え、とうとうベローチェさん、ミスドさん、ドトールさんから「申し訳ありませんが…当店はそのような場所ではありません」と叱られてしまいました。今の4年生が1年生だった頃です。
僕は、「責任者はこの男です」と安田君のせいにしたかったんですが、どうも僕が一番年上に見えたようで、「すみません」と退出しました。
それからです。FUNが学内サークルになったのは。2003年の10月です。僕はそれ以来、誰にも負けない出席率で参加しています。それが大人としての責任だと思うからです。
FUNの中には、北九州や大牟田、はては他県から参加する学生さんもいます。そのような方々には、家を出た瞬間から「活動」が始まっているのです。
遠い、忙しい、お金がない、不安だ…どれだけ多くの理由を好転させて、この場に集まったのか。それを思うと、決断を尊重せずにはいられません。きっと、未来に大きな希望を抱き、「今日も夢と待ち合わせ!」と思って、寝不足の目をこすりながら、化粧や準備をして出てくるのでしょう。
僕は、そういう一人一人のやる気に応えるようなことがしたいし、見えない努力に共感できる社会人でありたいと自分を律しています。
顧問を引き受ける前は「忙しいな」と予想していたことも、やっているとどんどんはかどって、今では毎週、卒論の数倍のレジュメやメルマガを作っても、まだ時間が有り余るくらい、集中力が鍛えられました。
FUNは一サークルに過ぎませんが、僕は常にプロ意識を持って臨みたいと考えています。それに、僕も今や「働くって、かっこいい」という判断基準になりうる年齢です。中途半端のカッコ悪さを見せるわけにはいきません。若者から見て情けない仕事ぶりを見せるのは犯罪だし、時間を預かって利子を付けられない大人は泥棒と同じです。
だから、「時間がない」と思う前に、「集中力がないだけだ」と気合を入れ、毎週父との約束を果たしています。
…というのが、学生サークルFUNのお手伝いを引き受ける上で、基本として持っている理念です。直接的には、中学生の頃に味わった思いが根本的動機になっている、というのが偽らざる実感です。
小さい夢は自分を卑屈にします。短期目標ではスケールの小さな自分が出来上がるだけです。本気よりも、中途半端の方が何倍も疲れます。「頑張ったら損するんじゃないか」と感動を疑い、くよくよと優柔不断な時間を過ごすことこそ、人生最大の無駄です。
合理的な言い訳を探すことにのみ、精力を傾けるようになったら、もう死人と何ら変わりはないでしょう。
僕は、まだまだ力足らずですが、とにかく多くの学生に「仕事って素晴らしい」、「早く働きたい」、「活躍するお父さん、お母さんって、カッコいい」と思ってほしいのです。ただそれだけが、毎週の活動に臨む動機です。
僕は今の皆さんになんて、何も期待していません。ただ、FUNに入った時や、メルマガを登録した時に描いていたイメージにのみ、期待しています。過去と付き合うのは愚か者で、現在と付き合うのは凡人です。僕は、学生の皆さんがお持ちの可能性(未来)と付き合いたいと考えています。
本気になったら、どうでもいいことは気にならないものです。そういう学生生活を、皆さんも本当は送りたいはずだと勝手に期待して、毎日メルマガを配信しています。ということで、今日は学生を応援する理由について触れてみました。