■「内定への一言」バックナンバー編


「四十代では何もできないと言うなら、

コロンブスはアメリカ大陸を発見していなかったはずだ」

(ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ)

その②




大体、当時大学三年生くらいの年齢の僕に、「シャチョー」と呼びかけるのも変です。しまいには、日本人なら誰にでもそう言っているフィリピン男性を見て、なんだかかわいそうになってきました。同時に、悲劇と感動が溢れる歴史を持ち、外国に何度も占領されながら、強くはかなく生きてきたフィリピンと日本の最初の接点がこういう光景から始まっていることに、ショックを感じました。




アジアでは、行く先々で、こういう思いをしました。特に僕は、当時から韓国語、マレー語、インドネシア語、英語が話せたので、カタコトの英語しか話せない日本人観光客では得られない情報が得られたし、話せないことが話せました。



タガログ語やビサヤ語も、マレー語と成り立ちが似ているので、その後のフィリピン滞在で旅行に不自由しないくらいは覚えました。しかしまぁ、覚えるほど出てくるわ「夜の話」が。そんなことを話すために来たわけじゃないと思いながら、日本のおじさんたちは一体アジアで何をやってきたのだろうと、暗澹たる思いに駆られました。モテない男、根性の腐った男のエネルギーは、かくもすさまじく、世界に恥をばらまいていたのでした。



「こりゃ、フィリピン人と日本人の話題を変えて、空港に来た日本人がリサール公園に案内されるようにしないと」と感じたのも、その旅の強烈な思い出でした。




日本人が日教組の教師たちから「反日感情の原点」だと洗脳されてきた戦争については、思いのほか「日本はよくやった!」と言ってくれる人がアジア全域で多い(華僑と韓国人以外)のにも驚きましたが、戦後の高度成長期に日本人を嫌いになり、「カネと女のことしか頭にない」というイメージを植え付けてしまった人たちがいるのにも、大変驚きました。



エルミタやマラテといったマニラ有数の繁華街に行くと、世界中の旅行者が集まっています。僕もパブやカフェに行き、世界中の旅人と語り合いました。日本人もいっぱいいました。立派な人も当然いました。しかし、およそ顔や体格から考えて、日本では誰が見ても「モテない。モテるはずもない」と断定して差し支えない中年男性が、その容姿とは不釣合いなスタイル抜群の美女を引き連れ、その周りに斡旋業者らしきフィリピン男性が「シャチョー」と言ってへつらっている光景も見ました。


聞けば、もうフィリピンに三十回以上も来ていると言うではありませんか。「へたくそ」では言い表わせないような醜い英語をしゃべっていましたが。




「しょうもないことばっかり考えるオヤジがいくらカネを稼いだって、ロクなことしないんだ。こりゃ、日本人が海外に行くほど、反日包囲網が広がるんじゃないか?」。そんな疑問が、今の僕の「通信社設立」という十年越しの夢にも少なからず影響しています。




と、「量が必ずしも大事というわけではない」という事例を話すのに、こんなに長くなってしまいましたが、長さや回数が必ずしも大事ではないということです。そして、「短くても位置付けや動機で自信を持ってほしい」と願っています。若者、特に学生は、毎日同じような話題でコミュニケーションを行っており、同じことの繰り返しに飽きているためか、刺激には敏感です。



しかし、怠慢の癖も強化される時期で、せっかくのきっかけすら、役立つと分かっていても瞬時に言い訳を作り出し、葬ってしまうこともあります。そんな時期だからこそ、一つ一つの経験や挑戦を、期間ではなく集中力と感性でつかまえてほしいのです。才能や能力は、続ければ向上します。



しかし、意欲や好奇心なくしては、何の経験も意味がありません。松下幸之助さんも、「中年の漫然とした二十年より、若者の意欲あふれる二十日間を尊重したい」と言っていますが(『松翁論語』PHP文庫)、とにかく皆さんは、たった一日、いや、一時間で、「なりたい自分」になることができるのです。あるいは、そのための貴重なきっかけを手に入れることができるのです。


たった十分のスピーチで自信を手に入れた学生。

たった一回の取材で不安を希望に変えた学生。

たった一枚の記事で編集の面白さに目覚めた学生。

たった一回の司会でイベントの可能性に気付いた学生。

たった一つの広告契約で、営業職を志望した学生。

たった一社のES通過で、見違えるように行動し始めた学生。




FUNでは毎週、そんな学生の姿に遭遇します。僕は決して、「一回で何が分かるんだ」とは言いません。そんなことは思わないからです。でもノウハウ的に見て未熟?感想が浅い?段取りが悪い?知識不足?「だからどうした!」って感じです。そういう課題は、感動の前には問題ではありません。



僕はその、今この時の感動や気付きが、少しでも継続、発展するように陰ながら応援することが、もうすぐ三十歳になる自分のFUNでの存在意義だと考えています。そういう過程においてのみ、「年長」であることが、いくらか価値を持ってくるはずです。



「この一回」に賭ける学生の熱意、意欲、緊張感、決断力は本当に立派です。年を取って「現実を知った」と自慢していても、もう挑戦する意欲もなくした心の老人よりは、現実を知らなくても、理解が浅くても、自分を信じて挑戦する学生の方が、ずっとずっと将来性があります。現実を知った程度で諦める夢など、偽物です。



現実に耐え、夢にしがみついたら、その対象は「やりたいこと」になるだけです。最初から「やりたいこと」と考えるのはおかしいし、いくら探してもありません。「やりたいことがあるかどうか」という学生に流行りの思考方法は、最初から破綻しています。「やったらやりたいことになる」のが普通でしょう。




だから、これからもし、「たった一ヶ月の留学で何が分かる」とか、「たった数週間の旅行で何が分かる」と言われたら、「高杉晋作は、一回の上海旅行で奇兵隊を着想した」とか、「ジョン万次郎は、二週間の漂流で人生が変わった」と言い返しましょう。やる人間は、いつでもやります。期間など無意味です。だって、心が燃えているからです。



若さとは、きっかけに反応できる敏捷性と、気付きや反省を形に変える時間が与えられているからこそ、尊いのです。弁解上手になるために時間があるのではありません。




今日はメルマガ史上、一番長いかもしれない文章になってしまいましたが、とにかく「期間とか等級とか、そういう表面的な指標ではなく、自らが設定した位置付けや、手に入れた内なる感動を絶対に信じてほしい」との思いから、こんな内容にしました。