■「内定への一言」バックナンバー編


「調子が良い時は、ボールの縫い目が見えた」(川上哲治)




昨今は人気も実力も凋落気味の読売ジャイアンツですが、昔は「巨人=プロ野球」とされるほどの圧倒的な実力と人気を兼ね備えていました。僕はもちろん地元のホークスを応援していますが、そのホークスを率いる王監督はなんと素晴らしい指導者なのかとよく感じます。



王監督や、その他の巨人選手の現役時代を見て育ったわけではないものの、今のプロ野球選手は大衆性がありすぎて、なんだか人物的には昔より一回りも二回りも小さくなった気もします。



その黄金時代の巨人を支えた通称「安打製造機」の川上哲治さんと言えば、今でも野球界の神様とされるほどの存在で、色々と伝説を残している方です。一流選手のすごい点はやはり「心構え」と「準備」で、今日はそんな川上哲治さんの有名すぎる一言を御紹介してみました。



プロ野球の硬式ボールには、八個の「縫い目」があります。もちろん、表面の皮革をつなぎ止めるための縫製用ですが、他にも「変化をかけやすくする」とか、「握り具合を良くする」などの目的もあります。そして実際の試合では、その硬球が時速一五キロ前後の速さで投げ込まれます。



その速さといったら。僕も昔よくバッティングセンターで遊んでいて、その中で「プロに挑戦!君は与田選手(元中日)の剛速球を打てるか?」と書かれた一四七キロに挑戦したものですが、本当に速い。「来た!」と思ったら、もうバットの後ろにボールが落ちています。




「二○○円で二十球」は、中学生の余興にしては高いお金なので、打っている僕は友達に「当たらんばい」と笑われながらも、実は本気でした。せめて一球くらいは正面にカッコよく打ち返して、「やってよかった」と達成感を味わいたい。が、数級かするのが精一杯。ファウルみたいになれば、それで上出来という有り様でした。悔しくて友達にも「おまえもやれ!」とやらせてみると、案の定、僕と変わらないざまで、お互い「いや~、速かぁ」と舌を巻いたものでした。




その後、中学生に適した九十~一二キロに挑戦すると遅い!特に一○○キロだと、何だか「考えながら打てる」ような感じでした。前に一二キロに挑戦した時は、九十キロの後だっただけに「速いな」と感じたものの、一四七キロの後にやってみると、「遅い」と感じるのが不思議でした。



家に帰ってナイター中継を見ると、強打者が一五キロの速球で三振に打ち取られたり、逆に速球の後のスローボール「チェンジアップ」でタイミングを狂わされて凡打に打ち取られたりと、ちょっと昼間に「プロの速さ」を体験してみただけで、色々と感情移入でき、楽しく見ることができました。



そんなバッティングセンターのボールは「軟式」で、縫い目があったわけではありませんが、それを模した模様は付いています。が、そんなものは、たとえ九十キロでも全く見えませんでした。仮にボールに「おれのボール」とか書いてあっても、何だか文字っぽいものがぼんやり見えただけでしょう。



それが、なんとプロ野球の実際の試合で、大打者・川上哲治さんは「調子が良い時は、ボールの縫い目が見えた」と言っています。ほとんど人間業を超えた動体視力、集中力ですが、僕はこれは本当だと思います。



プロ野球では、ピッチャーとバッターの間は十八・四四メートルの距離がありますが、川上さんは練習でそれよりも近い距離で打ち、あるいはバッティングマシーンの最高速で打つのを普通とし、平素から厳しい条件で練習に臨んでいたそうです。



だから、実際の試合で一四~一五キロの速球が来ても、それが限界の速さには見えません。自信と余裕を持って打席に立つことができ、さらに、好調の時はボールが実際の速さよりも遅く見えたりしたのでしょう。そして、それを「縫い目が見えた」という言葉で表現したのでしょう。プロは準備と心構えがプロ。本当にすごいですね。




さて、時速一五キロのボールは、私たちが日常見慣れているものではありませんが、これと似たことは普段の生活でも経験できることです。



例えば、高速道路を走った後に一般道に下りてみると、普段は速いと感じる「時速六十キロ」がやたらと遅く思えないでしょうか?あるいは、毎日が小テストや入試対策で埋まっていた高校から大学に入ると、普通の授業でも「休憩」みたいに思えないでしょうか?慣れたペースと極端に違うものを味わうと、その速さや遅さ、濃さや薄さが、はっきりと分かるものです。



もちろん、これは就活も同じです。あなたは今、時速何キロのボールで準備しているでしょうか。本番は、何キロの球が飛んでくるでしょうか。



FUNでは毎年、今は一二キロくらいですが、これからは毎月十キロずつ上げて、面接が始まる三月頃には、一五キロに設定します。そしたら毎年先輩たちが言うように、「本番が一番簡単やった」、「なんであれで緊張すると?」、「面接、超楽しい!もっと質問してほしかったのに」となりますよ。


だって、本番の方が練習より遅いからです。


大打者の心構えに学び、私たちも平素から、自分に厳しい試練を課しましょう。それが一人でできない方は、できる人、そうしようとしている人と組みましょう。その選択が、卒業後を確実に分けるからです。


ローマオリンピックのマラソンを「裸足」で走り抜き、見事世界新記録を樹立して金メダルを勝ち取ったアフリカの英雄・アベベの、レース終了後の有名な第一声です。


スポーツの勝利者に対する記者会見といえば、激しい戦いや孤独で長い忍耐を乗り越えた人に対して行うこともあり、「苦しい戦いでした」、「終盤は気力で耐え抜きました」などといった言葉が出てくるのが当然だと、聞き手も視聴者も思い込んでいるものですが、スポーツの中でも最も長時間の忍耐と集中を要するマラソン、しかも世界最高峰の大会であるオリンピックという大舞台で優勝したアベベは、笑顔で明るく「まだ二十キロは走れる」と口にしました。



体力や資質が勝っていたこともあるでしょうが、それ以上に驚くのは、彼の「当たり前のレベル」の高さです。「きつかった」、「大変だった」という言葉が出てくる背景には、「終わりそうで終わらない」、「終わりが見えているのになかなか来ない」という心理的な要因も多分に働いています。


この精神的重圧を回避、あるいは克服するには、一、諦める、二、目標のレベルを引き下げる、三、目標のレベルを引き上げる、といったものがありますが、アベベの考え方は三です。詳しくは分かりませんが、おそらく「マラソンは六十キロ走るものだ」とか、「四十キロで折り返しだ」といった「当たり前」を持っていたのでしょう。


つまり、「四十二キロの地点を迎えても苦しくない」という基準を持っていなければ、冒頭のような名言は出てくる前提を失います。



このことから分かるのは、「現実が辛い」、「今やっていることが大変」と思うのは、作業量や難易度がそう思わせるのではなく、「夢が小さい」ことが現実を必要以上に大きく困難に見せ、自身のやる気を挫いてしまう、ということです。これは、就職活動にも大いに応用できる考え方ですね。




皆さんは、何をもって就活を「達成」としていますか?活動が大変などということはなく、景気が厳しいということもありません。エントリーシートが難しいのではなく、面接が大変なのでもありません。そう勘違いしてしまうのは、ハードルが低くなってしまった時です。つまり、あなたの器が小さいから、しょうもないことが苦しいのではないでしょうか。発揮できる力は、目指している目標に比例します


第一志望の会社に内定をもらった時に、「まだまだ就活したい!」と思えるような心境になったら、どんな夢も叶いますよ。未来をより大きく、より先を、より楽しく考えましょう。