■「内定への一言」バックナンバー編
「この世に習うな」(聖パウロ)
その②
■スポーツ・アパレル・化粧品
アシックス、ファーストリテイリング、ノエビア化粧品、アルビオン化粧品、コーセー、ノエビア
…の資料があります。探せば、もうちょっと出てくるでしょう。全て、僕が目を通して添削したものばかりです。一つのサークルで、100社を超える有名企業の通過ESとその対策が揃っているところなど、まずないでしょう。
さらに、就活対策の資料や面接の質問集、講義のレジュメになると、膨大な量になります。メルマガ総集編や書斎の目録まで合わせると、卒論も「チラシ」に思えるほどの情報量になります。
サークルでもメルマガでも、仕事の合間にマルチな活躍ぶりを見せているせいか、学生さんからはよく、「いつ寝ているんですか」、「どうやって情報を収集しているんですか」と聞かれたりします。
しかし…僕は毎日、ゆったりとしています。先ほども、大濠公園を2周歩いてきたところです。
さらに、情報収集については、これを就活中に言うと学生さんが不安がるので、いつも夏に言うことにしていますが、僕の家にはテレビがありません。面白い番組などないし、第一、テレビで価値ある情報や考え方に出会うことなど、ほぼ期待できません。
さらに、余計な編集や演出が多くて時間の無駄が多すぎます。ということで、うちからテレビを追い出して、もう、6~7年になります。
また、僕の家には新聞もありません。情報が浅いし、遅いし、薄いからです。日経と産経だけはネットでチェックするようにしていますが、他の新聞は見ることさえありません。だいたい、テレビや新聞に頼らないと情報が収集できないなんて、人脈がない人間の環境です。大事な情報は全て、媒体に出る前に処理されているものです。
あたかも、高級車で早朝の大濠公園に来てウォーキングやジョギングに励む社長たちが、全ての仕事を作り出すかのように。世の中、7時以降に起きる人間は「支配される者」だと相場が決まっています。
つまり、僕は学生さんから見れば「世捨て人」のような情報環境で生きている人間です。紅白歌合戦やドラマなどは、生まれてから見た記憶がありません。「スクールウォーズ」は見ましたが…。
でも、エントリーシートの添削や面接アドバイスは、当たるでしょ?「社長が身を乗り出してきた」、「面接官が喜んでくれた」、「そうそう、って相手が納得してた」という感想は、この3年で、覚え切れないほど聞いてきました。
それはおそらく、僕が「現在」を語るメディアを一旦排除して、古典や歴史、創業史、戦記などを集中的に読んできて、また自分でも経営の場に身をおいているからだと思っています。そうして、人間や社会を自分の目でしっかりと見つめ、稚拙ながらも言葉に変える努力を、この10年間、さぼらずに続けてきたからです。
毎日社会から吐き出される、排気ガスのような情報をせっせと集めるよりも、情報の集合体や人間集団の長期的な栄枯盛衰を見極め、そこに働く原理や習慣を知った方が、就活も株価予測も当たるようになります。
FUNでは人気ランキングトップ3に入る「人生を変える80対20の法則」に、人脈の重要性を扱った章があります。その中に、イエス・キリストの弟子パウロが、「歴史上まれに見るマーケティングの天才」だと解説した一文がありますよね。
東洋では、孔子の高弟だった子貢がパウロに相当するでしょう。「師の教えを標準化し、大衆化させるに当たって、歴史や人間を徹底的に研究した」という手法が、東洋と西洋で驚くほど似通っているのです。
「世界で一番広く普及した思想」を生んだ人物に仕えたパウロの人生哲学も、後に多くの偉人たちから学ばれました。その哲学とは、「この世に習うな」です。
これは何も「世捨て人になれ」と言っているわけではないのです。「現在の価値観で歴史や未来を見るな。歴史に学んで現在や未来を展望せよ」という教えにほかなりません。
マスコミが「顕微鏡」なら、歴史書は「望遠鏡」と考えればよいでしょう。両方とも、時と場合に応じて用途がありますが、「武器はいつも望遠鏡」だと考えものです。
山頂に上って、顕微鏡で景色を眺める人がいるでしょうか。自分が仔細に把握できないような風景を捉え、そこに働く原理やパターンを知るには、やはり望遠鏡を使うでしょう。
グルメやファッションには一切お金を使わず、安物のバイクで古本を買い集め、静かな場所でじっくりと本を読みながら、貯金がいくら貯まっても買い物もせず、日々の仕事に向かう僕は、「世捨て人」の一種かもしれません。
しかし、それは「望遠鏡」を顕微鏡の精度にまで高めていく、一種の修行です。人生の岐路という「一つの山頂」に立ちながら、狭い視野でせっせと「情報収集」なる作業に励む学生さんを見ると、まるで「油山の山頂で顕微鏡を使って夜景を見ようとしている人」に見えてしまいます。
それでは、やろうとしていることと、やっていることが、あまりにかけ離れていると言うべきでしょう。
新聞を見ても、ネットを見ても、図書館に行っても、役立つ情報などはありません。最後の情報とは、自分の頭の中で導くものです。つまり、「これだ」と決断しなければ、「かけら」はいつまでもかけらで、何ら統一性のある風景に落とし込まれることはありません。
就活もジグソーパズルと同じで、自分がどの絵を構築するのかを先に理解しておかないと、どのピースを見つけても適切な配置を行うことなど、不可能です。それでも「ピースが集まったら決める」などと言えるのでしょうか。
そろそろ、「情報が集まったら決まる」などという考え方が、いかにナンセンスで常識外れか、理解できたことでしょう。
決めていない人間に、情報など存在しないのです。成功したいなら、逆の考えはすぐに捨てるべきです。大衆と同じ口ぐせを排除することです。
その昔、叔父の厳しい修行に耐えて「大人物たらん!」と決意した若き日の吉田松陰は、遊びたい盛りに友達から誘われ、「今日は人と会うから帰る」と断りました。
「おかしいな、こいつ、友達なんていないのに」と思った友人は、「誰に会うんだ」と尋ねました。すると松陰は、「歴史上の偉人に会うので忙しいのだ。おまえたちと過ごしている暇などない」と答えたそうです。
要するに「読書をするのだ」という答えを、「友達との待ち合わせ」と表現した秀逸なレトリックです。「読む」と言わずに「会う」と言うなんて、子供の頃の松陰がどれだけ読書を大切にしていたか、よく分かりますよね。
友達からすれば、もちろん良い気はしなかったでしょうが、大人物の青少年時代は、共通してこのようなエピソードに彩られています。つまり、「この世に習うな」を、たとえ本人が知らなくても実践しているわけです。
今回の本探しのテーマが「一流の人の作品を読む」だったM君、「英語を極める」だったI君は、それぞれ名著を見つけて笑顔で帰りました。今までの学生時代を振り返って、「もっと早くこんな勉強を始めておけば」という声も、何度か聞いたことはありますが、名著と本気で向き合えば、「今こそ、スタートの時だったんだ」と確信できるでしょう。
安田君が牛尾さんを勇気付け、牛尾さんが宮田君を勇気付け、宮田君がM君を誘い、M君がI君やN君を誘い…これからもこの輪は広がっていくでしょう。
夏の朝は、心を落ち着けて精神集中を図り、歴史上の人物の思いに迫るための時間を持つのもよいでしょう。「これだ!」という確信が深まるにつれ、どんどん友達を応援していきましょうね。では、今日も早朝の読書に行ってきます。一緒に読みたい方は、ぜひどうぞ。