■「内定への一言」バックナンバー編


「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」(橘曙覧)


その②





その作風は江戸時代歌壇の中では異色な万葉調の生活歌を詠み、明治になって正岡子規が「万葉・実朝以来の歌人」として絶賛。以降、幕末の勤皇歌人の代表として記され、『独楽吟(どくらくぎん)』がクリントン大統領に紹介されたことから、再評価の機運が高まっている歌人。


という人生です(上掲書)。




優れた和歌や俳句は、最新式のデジカメやビデオも足元に及ばないほど、瞬間の風景や感動を鮮明に切り取って、残しているものです。



なまじ記録媒体が発達すると、人はそれに頼って心を怠けさせ、どうでもいいようなものばかり残してしまうようですが、やはり言葉によって自分の精神と知性を徹底的に鍛え上げた先人の思いは、言葉を奪うほどの迫力や素直さに満ちていますね。




しかし、僕も例にもれず、この歌人を紹介された時は、全く知りませんでした。それで、「おまえはそれでも日本人か!」とおじいちゃん社長たちに叱られ、本を読んでみると、なんとも心を静めてくれるような温かい歌の多いこと



それをこのたび、30代を迎えて読み直してみた時、ちょうど初めて橘曙覧の歌を知ったのと近い年齢の学生の皆さんにも、ぜひ紹介しようと思ったわけです。




就活でも、他人は気になるでしょう。気ばかり焦り、本来自分が楽しいと思うことを、忘れてしまうこともあるでしょう。人に支えてもらってやり遂げたことを、「自分でやったんだ」と慢心してしまうこともあるでしょう。人に何かを与える前に、周囲に「くれくれ」とあさましく思ってしまうこともあるでしょう。




そういうことは、ままあるものです。でも、そういう時に「いかんいかん」と自分を戒め、素直な境地に戻らせてくれる言葉を持っておけばいいのです。すると、自然にそういう境地に近付いていきます。江戸の達人の和歌は、それにふさわしいものばかりなので、思い切って皆さんに御紹介することにしました。




本が見つからなくても、これだけの歌を知っておけば、忙しい就活の中にも、ほっと一息つける瞬間を持てるでしょうから



たのしみは百日ひねれど成らぬ歌のふとおもしろく出できぬる時

たのしみは意(こころ)にかなふ山水のあたりしづかに見てありく(歩く)とき

たのしみはそぞろ読みゆく書の中に我とひとしき人を見し時

たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物を喰ふ時

たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて喰ふ時

たのしみは機(はた)おりたてて新しきころもを縫て妻が着する時  

たのしみは三人の児どもすくすくと大きくなれる姿みる時  

たのしみは雪ふるさより酒の糟あぶりて喰ひて火にあたる時  

たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき

たのしみは門売りありく(歩く)魚買て烹る鐺の香を鼻に嗅ぐ時

たのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時

たのしみは昼寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時

たのしみは客人えたる折しもあれ瓢に酒のありあへる時

たのしみはいやなる人の来たりしが長くもをらでかへりけるとき

たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき

たのしみは物識(ものしり)人に希にあいて古しへ今を語り合うとき

たのしみは書よみ倦(うめ)るをりしもあれ声知る人の門たたく時

たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時

たのしみは尋常ならぬ書に画にうちひろげつゝ見もてゆく時

たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴きしとき

たのしみは野山のさとに人遭ひて我を見しりてあるじするとき

たのしみは湯わかしわかし埋火を中にさし置き人とかたる時

たのしみは世に解きがたくする書((ふみ)の心をひとりさとり得し時



実に素晴らしい境地ですね。お金もかからず、素朴で、思いやりに溢れ、自然と調和し、ありのままを素直に認めた温かさに溢れています。達人の心にかかっては、この世の全てのことが「たのしみ」になってしまうんですね。




僕も久しぶりに読んでみて、FUNもまた、同じような「たのしみ」があるからこそ、こうして仕事の合間に、飽きもせずコツコツと3年も顧問の役割が続けられているんだなぁと再確認させられました。それを歌にすると。(音読みを使って邪道ですが)



たのしみははにかみがちの学生が取材したいと手を挙げし時


たのしみは欠席しがちの学生が頑張りますと戻り来し時


たのしみは夢を求めし学生がこれが夢だと友に言ふ時


たのしみはまだ日も浅き学生が新入部員に道示す時


たのしみは皆で作りし新刊が折り込み終へて配られし時


たのしみは機械音痴の学生が編集作業に加わりし時


たのしみは口数少なき学生が時を得たりと口開く時


たのしみは去年学びし先輩が仕事を終えて訪れし時


たのしみは読書嫌いの学生が一冊読める姿見し時


たのしみは数字嫌いの学生が会計楽しと笑ふ見る時


たのしみは初顔合わせの学生が横に座りて語り合ふ時


たのしみは内定決まらぬ学生が決まりし友を称へをる時



といった感じです。僕は改めて幸せ者だと思います。だって、毎週こんなに楽しいことばかりに遭遇しているからです。読者の皆さんも、江戸の人生の達人に学び、身近にあって見落としていた「たのしみ」を探して、心に刻んでみてはどうですか?就活も、結局は情報うんぬんと言うより、感性や受け止め方が大事ですよ