■「内定への一言」バックナンバー編
「伯楽は、愛する者には駑馬の鑑定法を教え、
憎む者には名馬の鑑定法を教えた」(韓非子)
その②
もっと言えば、「○○のために経済学を学ぶ」、「○○の分野で活躍するために法律を学ぼう」などといった動機付けができている若者など、百人中五人くらいしかおらず、残りの九十五人は、卒業後、確実に「大学の勉強って、社会で役に立たないね」と言うに決まっているのです。
それは、本人が「○○に役立てよう」と考えて学ばなかったのですから、当然の結果です。不運を嘆くのはおかしいのです。入試が去れば大学の雰囲気に怠け、試験が来れば焦り、レポートが迫れば焦って提出し、就職活動が迫れば場当たり行動で乗り切る…
こんな生活で「成功した未来」を願うのは、アル中並みの見当違いと言ってよいことです。そういう人は、最近FUNで流行中の「下流社会~新たな階層集団の出現」(三浦展・光文社新書)ではありませんが、自分の学生時代の生活態度が招いた「下流生活」をエンジョイすればよいでしょう。自分らしく、個性的に。
今の生活態度や学問の姿勢で、卒業後の自分の姿の八割は、もう決まっています。「本当の自分」など、未来のどこを探してもいません。成功を目指すには、ただ、今、ここにいる自分と向き合い、辛抱強く付き合っていくほかありません。
そもそも事の本質は、勉強が役に立たないのではなく、その人が使い物にならないだけの話です。本当の勉強とは、社会や人生で役に立つものです。もっと言えば、「役に立てよう!」と思って取り組む知的・精神的行動のことです。
本気で学ばなかったからといって、それを自分の怠慢ではなく勉強のせいにするのは、間違った態度ではないでしょうか。
もっとも、経営の現実や社会の最前線のスリルとは無縁の、時間の止まったような研究室で、「興味のあること」だけを恣意的に抽出し、自分の理論や学説の構築と、それを学生にインストールすることに躍起になっている「センセイ」の頭の中が、無意識のうちに「理想的な社会や企業」のイメージに偏り、シンプルな現実や実用的な事実を捨象してしまうのは、ある意味やむを得ないことです。
しかし、画期的な商品が生まれるまでに多くの商品が消滅するように、画期的な学説が生まれるまでには、多くの学説が「ありきたり」、「独創性に欠ける」、「研究不足」と言って葬られるのも事実です。こういう点では、企業経営も学術研究も、ともにシビアな世界です。
よって、「成功とは、遭遇しにくく、掴みにくく、維持しにくいものだ」と最初から覚悟し、失敗を最小限に食い止め、実用知識を評価して摂取する生活態度が必要になってくるでしょう。
つまり、「頻繁に起こる失敗を食い止めることで、成功の可能性を引き上げる」というアプローチです。「名馬鑑定法には価値がない」というわけではありません。ただ、それだけでは生きていけないと言っているのです。
「人がやれないこと」より、「人がやらないこと」こそ重視すべし、ということです。毎日遭遇する連続的な現実を効果的に処理し、その積み上げの中から法則を標準化し、自分の生活態度や習慣に落とし込めなければ、名馬を買うような資産も、名馬にめぐり合えるチャンスも「夢のまた夢」に過ぎません。これは仕事でも、事業でも、投資でも、全てに通用する普遍的な常識です。
FUNでは「財務・会計」や、「スピーチ」、「営業」、「取材」、「編集」、「会社の作り方」など、およそ大学の授業では実践的に教えないようなことばかり、この三年近く教えてきました。
人間関係でも、「損切りの仕方」なども教えたし、「こういう人間とはヒマな時に会っておけばいい」という友達の選び方もしゃべったし、「本当に稼ぎたいなら何に着目すべきか」も幾度となくミスドで教えました。
特に、先週終了した「秋のスピーチ塾」では、「バイト先で商品の売上が上がった」とか、「高いぬいぐるみが一日に二つも売れた」とか、「家庭教師で教えている子供が勉強するようになった」など、様々なところから「経済効果」の報告が来ています。
それは僕が、リアリストとして二十代を過ごし、実際に使って効果のあった手法や知識を教えたのですから、学生が日々の生活やバイトで実践して効果があるというのも、当たり前のことです。
僕は学生に、「ドラマで見たような憧れの結婚を夢見て婚期を逃し、望んでもいなかった結婚生活を受け入れてしまった哀れなOL」のような将来を迎えてほしくないし、「ありもしない理想の第一志望を妄想しているうちに就活が終わり、フリーターといい勝負の閑職を受け入れてしまった哀れな大卒」にもなってほしくないと思っています。
就活コースの繰り返しになってしまいますが、「完璧主義者に前進なし」ということですね。我々はただ、前進することによってしか、完璧になれないものです。名馬が欲しいなら、前進してから手に入れればいいのです。そして、そのためには駑馬を買わないことが大切です。
FUNは、創設者の安田君が何度も言っていた通り、「小さくても、人生を預かるサークル」(今は小さいとは言えませんが…)です。その中で、発足時から社会人顧問として毎週来ている僕が、非実用的な知識など教えては、無責任を通り越して有害です。
学生は、使いもしない知識を求め、無用の情報を有り難がって、今の貴重な時間を無駄にはしてはいないだろうか?学生は、成功哲学や自己啓発の本ばかり読み、実践を忘れて、毎晩自己嫌悪に陥ってはいないだろうか?学生は、将来の一発逆転やドラマチックな成功に憧れて、平素の努力を軽視し、授業や卒論、レポートなどの「勤め」で、惨めな気分を味わってはいないだろうか?
僕は、顧問を引き受けた当初からそんな疑問があったので、FUNでは「実践第一」の勉強を重視してきました。「シンプルな基礎を軽視せず、先人の知恵や経営者の努力を敬意と愛情を持って学び、社会における最高の自己表現手段である仕事の可能性を、各人の持ち場で全力で追及する」という、FUNで大事にしている考え方は、今年も来年も、その次の年も変わりません。
そうやって、「自分が今、自分であることが最高に幸せ」という実感を掴めたら、学生の皆様には、何より嬉しく自信につながる活動と呼べるのではないでしょうか。僕は、FUNの学生さん一人一人が大好きです。だからこそ、学生時代は「駑馬の鑑定法」を教えます。
「名馬鑑定法」は、皆さんが社会人になって三年くらいたったら、少しずつ教えていきますね。今は仕事や社会、コミュニケーション、お金の基本を、怠けず弛まず、週一回、コツコツと勉強していきましょう。