■「内定への一言」バックナンバー編
「その身正しければ令せずと雖も行われ、
その身正しからざれば令すと雖も行われず」(十八史略)
夕方、博多のブックオフに少し寄ったら、西南4年のM地君の姿が。1年後のVCでの活躍を目指し、経済や会計の本を探しに来たようでした。ところが、新書コーナーに立ち寄ったところ、なんとあの伝説的ベストセラー『ユダヤの商法』(藤田田・KKベストセラーズ)が、こともあろうに\100で売っていました。M地君の日頃の行いがいいから、きっと幸運が起きたのでしょう。本当によかったですね。
かく言う僕は、最近は久しぶりに、古典ばかり読んでいます。しかも、歴史的仮名遣いや旧字体の漢字ばかりの本で、寝たまま読むと著者に叱られそうな本ばかりです。福岡女子大国文2年のNさんのブログ「さらさのさ」にも、毎週定期的に書評が載っていて、そこに僕が紹介した本もあったので、「じゃあ、久しぶりに自分も古典や戦争の本をまとめて読むか」と思い立ったわけです。
中でも、中学生の頃からのお気に入りは、中国の古典です。中学の頃は心が荒んでいたためか、韓非子や十八史略、春秋左氏伝のようなリアリズム溢れる古典が好きでした。(今は論語や孟子が好きですが)。
「おまえ、そんなの読んでも、テストに出らんぞ」と先生に言われましたが…。そんなのくそくらえです。テストに出ようが出まいが、生き方や使命の確立の方が、ずっと大事に思えました。
高校の読書感想文では、空疎でチャチな現代作家の作品が課題図書に指定され、先生に「こんな馬鹿みたいな本の感想は嫌です。20枚書くので、自分で本を選ばせて下さい」と頼みました。
そして僕が選んだ本は、司馬遼太郎さんの「項羽と劉邦」(文藝春秋)でした。原稿用紙20枚に、しっかりと感想を書いて、期限までに出したものの、先生からは何の感想も評価もありませんでした。
後日聞いてみても、「あぁ、いっぱい書いてたね」と一言だけ。「このアホ教師、読んでやがらねぇ」と、一気に軽蔑の念が湧いてきました。以降、国語の授業は寝たりサボったりし続けました。
「若者のやる気に反応しない、こんな腐った大人にだけはなりたくないものだ」という大変良い事例が、学校にはいっぱいいました。まさに、古典に出てくる「小人」のリアルな例が豊富で、「春秋戦国時代だったら、こんな先生はさっさと処刑だ」とか考えました。
・上には卑屈、下には傲慢
・知りもしない知識を受け売りで偉そうに語る
・真剣な質問を茶化し、話題をすり替えて青年から逃げる
・命令を聞かなかったら、権威やテストで脅す
…と、このような人格を備えた人間が、仮に「年齢が上である」という偶然だけで、僕の人生に影響力を行使するなら、将来はきっと不幸になるということが分かりました。ほんと、入試程度で、あんなスケールの小さい大人の言うことを聞かなくて、本当によかったです。
そんな僕も、高校2年の時の担任の先生と出会ってからは、生まれ変わったように勉強が楽しくなりました。K先生は日本史の先生でしたが、世界史や古典の知識も豊富で、授業の大半は「雑談」でした。
「石器時代」の授業では、岩田屋で買ってきた石器を生徒に持たせ、牛乳パックや折り紙を切らせ、「どうだ、昔の人はすごいだろ」と熱く語ってくれました。
源平合戦を語る時は、弁慶と義経の感動の物語「勧進帳」を浪曲のような調子で詠んでくれ、「主君と部下の関係は、決して封建的ではない。命をかけるほどの先輩に巡りあえる人生は、絶対に幸せだと先生は思うぞ」と言ってくれました。
太平記のエピソードでは、楠公がどれほどの忠誠を尽くし、機略を巡らせて敵と戦ったか、また、息子の正行(まさつら)との親子愛や、南北朝時代が後世に与えた影響を、休み時間になっても話してくれました。
僕の母校は、お世辞にも「進学校」とは言えず、成績が悪くて入る高校がなく、「県立ならどこでもいい」と親に言われて入学したような生徒ばかりです。
当然、「大学入試」などが話題になることは、ありません。「センター試験」など、その存在すらも知らず、冬休みに先生が「入試に向けて、風邪には注意しろ」なんて言うことは、考えられません。「他校の生徒と問題起こすなよ」が、2学期の終業式のあいさつでした。
そんな学校で、悪さばかりしていた不良たちも、K先生の歴史の授業だけはしっかりと前を向き、目を生き生きと輝かせて、「すげ~!」と感動していました。
I君は、卒業式の日に体育の先生を公衆電話ボックスに閉じ込め、金属バットで電話ボックスを壊し、「貴様、覚えとけよ!」と教師をつるし上げていました。F君は、卒業アルバムをもらうや、先生たちの写真のところだけを切り取り、職員室のゴミ箱に捨てました。K君は、学校に隠していた全ての教科書や参考書を、卒業式の日にゴミ焼却場に捨て、燃やしました。
僕はどちらを弁護する気持ちにもなれず、どちらにも同情したい気持ちも感じましたが、彼らを「馬鹿扱い」した教師たちが、そうして屈辱を浴びせられるのも、少しは分かる気がしました。
最近は、I君が竹下駅の近くで焼き鳥屋さんを経営しているくらいしか、彼らの消息は知りませんが、今でもI君は、「K先生に会いたい」と言います。というか、僕が会いに行けば、いつもK先生の話題から始まります。
いつも同じような話ですが、I君は懐かしさに浸ることで、より良い自分を思い出そうと頑張っています。I君は、高校時代から焼肉屋でバイトをしていて、店に来たK先生が、「おまえ、焼き方うまいな」と言ってくれたことに感激し、たったそれだけの言葉がきっかけになって、佐川急便で貯金した後、焼き鳥屋を始めました。
読者の皆さんは、「それくらいで?」と思われるかもしれません。しかし、下位校の生徒は、「バカ」、「アホ」、「死ね」、「殺すぞ」という野蛮な言葉を、あいさつ代わりに使います。しかも、教師からも「本当にバカだな」、「おまえには分からん」、「どうせ無理だろうけど」と、いちいち枕詞のように言われます。
要するに、「褒められる」、「認められる」、「期待される」ということ自体、学校生活の中に存在しないわけです。
そんな環境が当たり前だった僕たちの高校で、「おまえ、料理がうまいな」と言われたことは、進学校で「目立たない元・秀才」となって埋没した優等生が、「おまえ、頑張れば東大も行けるぞ」と言われたのと同じくらい、奇跡的なことでした。
K先生は、僕たち悪ガキにとっては、希望の星のような先生でした。先生が喜ぶことなら何でもしようと、春休みに登山を企画したことさえありました。先生が見えないところで、僕たちのような物分かりが悪い生徒に「理解できて、感動できる授業」をするため、毎日どれだけの時間を準備に割いてくれているか、みんな知っていたからです。
19:30に部活が終わって帰ろうとすると、K先生の車だけは、いつもありました。職員室に行くと、「史料集」、「用語集」、「小テスト」などが、びっしりと積み上げられていました。皆、先生のそういう努力は、口コミや覗きで、知っていたわけです。
「先生が見ていないところで、悪いことをしてやろう」と考える生徒は、たくさんいます。しかし、「生徒が見ていないところで、知られない努力を続けよう」と考える教師は、どれくらいいるでしょうか。
心が荒み、近隣校からは「バカ高校」と言われ、親からは「停学には気を付けて」と注意されてきた僕たちには、先生のような熱意を持って応援してくれる大人の存在は、神様のように映ったものです。
まさに、十八史略にある「その身正しければ令せずと雖も行われ、その身正しからざれば令すと雖も行われず」の通りでした。
「行いが正しければ、命令しなくても人は動く。行いが正しくなければ、命令しても人は動かない」。
人生の単純な事実ですが、この事実を体験的に実感できることは幸せなことだと、今は痛切に感じます。なぜなら、社会人生活の反省材料となり、基準となるからです。
30歳を迎えた今、僕はお客様や学生のために、真摯に学び、動き、接することができているだろうかとよく考えます。皆さんも「人物鑑定」の基準が欲しかったら、ぜひ古典を読まれてはいかがでしょう。
十八史略であれば、「十八史略の人物学」(伊藤肇・PHP文庫※絶版)がオススメですよ。陳舜臣さんの「小説十八史略」(講談社文庫)も名作です。