■「内定への一言」バックナンバー編
「百里の道は、九十里を以って半ばとす」(十八史略)
昔、国語の授業で「徒然草」の一節を習いませんでしたか?木登りを終え、まさに木から降りんとする弟子に、師匠が「気をつけろ」と言う話がありました。普通なら、登り始めや頂上にいる時にこそ「気をつけろ」と言うところが、師匠はもう無事に降りられそうなところで、あえて注意した…。
それだけの話でした。最近の国語教育は古文、漢文軽視だと聞きますから、この話は僕の世代より下の方は、もしかしたらご存知ないかもしれませんが、今、こういう年になって、「大事な真理を含んだ話だなぁ」と思います。
どんなことでも、初めは緊張して慎重になるものですが、場数を踏んで安心が生じると、初心を忘れることがあります。経験不足よりも、慣れと慢心から来る失敗の方が怖いものです。
人間も、例えば受験生なら、試験を控えて緊張感が高まった時期には風邪も引きにくいし、あらゆることに注意力が高まっていて、人間的に堕落すること、つまり「木から落ちること」はあまり起こりません。
しかし、いざ受験の成果物である「大学生活」という順境を手に入れると、何の障害もないはずが、自分から滅亡していく若者のなんと多いことでしょうか。まるで「目標」という名の木から降りそこない、足を骨折したかのようです。
今日はFUNで作っている雑誌『forFUN』の完成度について、四年生数人と話し合いました。そこでいくらか厳しいことも言ったのですが、やはり「慣れ」は怖いもの。「間に合う」などという、当たり前のことが目標になったら、レポートも卒論もそうだと思いますが、雑誌も仕事も、恐ろしくレベルの低い自己満足のものしかできないでしょう。
「山中の賊を討つのは易く、心中の賊を討つのは難し」と言うように、目に見える外的な「敵」を打ち破るのはできたとしても、自分の心をごまかすのは簡単で、ついつい甘えを許し、いつしか自分の怠慢に叩きのめされて惨めな気分を味わうこともあります。
慣れ、親しみ、「自分はこれが得意だ」と思い始めた時が、既に衰退の始まりですね。万事、心して臨みたいものです。
冒頭の一言は、「四○○キロの道なら、三六○キロの地点が半分だ」と言っているのです。常識的にも物理的にも、そういう言い方はおかしいかもしれませんが、目標達成の面から言えば、やはり真理を含んだ言葉だと改めて感じます。
十月から五月までが就活なら四月が半分。二十分の面接なら十八分が半分、十行のエントリーシートなら、八~九行が半分です。始まりも順調、勢いも好調…。ならば、せっかくの努力、最後で手は抜けませんね。
緊張が解けようとするまさにその時、そこが一番危ないもの。普通の人よりも遅めに「半分」を設定し、自分の緊張感を今一歩高めるよう、心掛けましょう。