■「内定への一言」バックナンバー編
「体験とは、こちらが何もしなくてもあちらから押し寄せてくる現実のことを言う。経験とは、体験への処し方を言う。」(伊藤肇)
その①
昨日から、3年続いたFUNゼミが「一本化」ということで、毎週土曜の午前中に行われるようになりました。まだ、日程の調整が付いていない方もおられるようですが、7大学から30人を超える学生さんが集まり、教室の窓も曇ってしまうほどでしたね。来週からは赤坂(中央市民センター)で開催ということで、さらに集まりやすくなり、どういう展開になっていくか楽しみです。
さて、僕が最近こだわっている「秘密のマイブーム(なら書くな)」と言えば、「複眠」です。「ふくみん」と読みます。これは、昔ある本で昔読んだのですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの睡眠方法として紹介されていた生活術です。なぜ「複」かと言うと、「一日何度かに分けて、睡眠を取る」からです。
僕は中学の頃から読書に目覚め、夜中まで本を読み、朝早く起きるという習慣が、30歳の今までずっと続いています。中でも特に、太宰府から西新まで自転車で通った大学時代や、起業準備を含めて働いた記者時代は、特に睡眠不足でした。さらに、会社を作った1年(2002年度)は、毎日3~4時間しか眠れませんでした。
体力には子供の頃から自信があって、風邪を引いて病院に行ったことなどは、もう15年近くありません。薬も飲まず、トマトジュースを飲んですぐ寝ると良くなります。10代後半と20代前半は、2日徹夜してもピンピンで、全く疲れを感じませんでした。
この時間的資産が、どれだけの知識、経験、人脈に転化したかを振り返れば、若い頃頑張って、本当に良かったと改めて思います。
それが…27歳か28歳からでしょうか。ちょうど、仕事と併せてFUNの顧問を引き受けた頃くらいから、2日徹夜すると、もう、昼間から意識がなくなるような疲労感に襲われたのです。学生さんの流行語で言えば「ありえん」という気持ちになり、以降は1日の徹夜が精一杯になりました。
さらに、5ヶ月前に「30歳」になってからは、徹夜自体も大変だと感じるようになりました。悔しいですが、運動不足もあり、体力の衰えを認めないわけにはいきませんでした。
寝るべき時間はよく寝付けず、起きている時間は眠たい…というのは、リフレッシュを阻害し、集中も妨げる最悪の時間使用法の一つだと思い、時間にケチな僕は、「こりゃ、いかん」とちょっと焦りました。そこで久しぶりに思い出したのが、ダ・ヴィンチの「複眠」だったのです。
「万能の天才」と呼ばれたダ・ヴィンチは、限られた人生で、どうやってあれほど多方面に、驚くほどの業績を残すことができたのでしょうか。出来の違いもありますが、その秘訣は「睡眠」にあったとするのが、僕が昔読んだ本(タイトルは失念…)の解釈でした。
人間には、「どうしたって眠たくなる時」があり、それに逆らうくらいなら、さっさと寝てしまって、頭がすっきりした状態で起きた方が良い、というのが結論だったと覚えています。
就活や大きなイベントを控えたり、あるいは心の中に悩みや考え事があると、「寝ないといけない」とは思いつつも、なかなか眠れないものです。
その時に読書の習慣などを持っている方は、その時間も知的生産の作業になって、まぁ問題はないわけですが、テレビを見たり、ボーッと過ごすしか手段がない人には、ムダにしかなりません。その時間に価値がないのはもちろん、翌日の作業を圧迫するからです。
特に眠いのは、睡眠不足で迎えた日の「朝食後」、「昼食後」です。食べた後は、生理的に睡魔が襲います。また、大学では、社会でもかなりレベルの高い「催眠術師」が、授業という睡眠セラピーを行っていますから、さらに睡魔に出会う確率は高いでしょう。
だからって、授業で寝ろというわけではありません。退屈なら、それは教授の力量不足なので、「10分=380円」の教室という名のホテルで、寝てもサボっても構わないと思いますが。
ダ・ヴィンチが考えたのは、「人間には、深い睡眠と浅い睡眠がある」という仮説でした。現在では「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」と科学的に区別されていますが、脳波の関係で、時間によらず、「よく眠った」かどうかが分かれるそうですね。
僕はどっちがレムか知りません。しかし、深い眠りと浅い眠りくらいは、誰でも実感で分かるものだと思います。
ダ・ヴィンチは、生理的に眠たくなった時には「すぐ寝付ける」という事実を重視し、「眠りにつくまでの時間」を切り詰めようと考えて、良い眠りを一日のうちに4~5回に分けて取り、あの驚異的な創作活動を行ったそうです。食後や集中した作業の後、疲れがたまった時に、「よし!今だ!」と眠り、1~2時間の睡眠でパッと起きて、また次の作業に取り掛かったようです。