■「内定への一言」バックナンバー編


「愚者は過去と付き合い、凡人は現在と付き合い、賢者は可能性と付き合う




ただいま、FUN面接塾就活コースでは、西南4年の隈本さんが名著を探して格安で3年生にお届けする「クマゾン・チョットコム(kumazon.com)」が繁盛しています。



時間の使い方を劇的に変える「野心家の時間割」、エリート社員の勉強の仕方を変えた「知的生活の方法」、世界で数百万部売れたコミュニケーションの古典「人を動かす」、何万人もの悩める人々に希望を届けた「道は開ける」



歴史と異文化の試練に耐えて残ってきた、FUNでも大人気の本たちが、今また、多くの就活生たちの手元に渡っていくのを見るのは、とても嬉しいことです。




僕は「ぜひ読んでおくといいよ」と紹介することしかできませんが、隈本さんは大雨の中でも、「あそこに行けば、あるかもしれない」と、営業が終わった後に、ずぶ濡れになってまで後輩たちのために粕屋郡や太宰府まで走り回り、「その一冊」を待望していた後輩たちに届けています。それも全ては、「読んだ時の、あの感動を伝えたい!」という思いから。本当に立派な先輩ですね。



しかも、東京・神田でも入手が難しい、日本マクドナルド創業者・藤田田さんの伝説的ベストセラー「ユダヤの商法」「頭の悪い奴は損をする」「天下取りの商法」「超常識のマネー戦略」「金持ちラッパの吹き方」を、なんと、20冊近くも見つけたとか




僕はもちろん、全作品+@を持っていますが、就活中に読むと刺激が強すぎて、就職したくなくなってしまう恐れがあるので、「内定した後に紹介したらいいよ」と言っているのですが、既に数人の学生さんから注文があったとか。



あぁ…500円なんて安すぎます。隈本さん、もっと欲を持ってもいいんですよ。欲しい方は、もうしばらく福岡の書店では手に入らないので、早めにクマゾン・チョットコムまで問い合わせて下さいね。




さて、今日の一言「愚者は過去と付き合い、凡人は現在と付き合い、賢者は可能性と付き合う」は、面接塾のテキスト(第2回)から取りました。参加した方は、みんな見たことがある言葉ですよね。




これは、僕がFUNの顧問を引き受けた時からのポリシーです。僕は18歳の時から、福岡商工会議所に拠点を置く「福岡県中小企業経営者協会」で開いていた「古典の会」に出席していました。



会費は週1回で3,000円。大学1年だった僕には「大金」でした。工事現場の肉体労働のバイトと、太宰府天満宮の餅屋さんのバイトを掛け持ちしてお金を貯め、二日市から西新まで「自転車」で1時間20分かけて通学して節約し、「社長と直接話せる時間」を買っていたわけです。



参加者で、10代は僕だけ。あとは、4080代の経営者、教育関係者、公務員、学者の方々ばかりで、古典や国語教育の分野では全国的に有名な先生をお囲みして、「論語」「講孟余話(吉田松陰)」を毎週、読んでいました。



僕は大学に入学してから、周囲の学生があまりにやる気がないのに落胆しました。西洋史学の授業では、キッシンジャーの外交政策やマクナマラの本を読んで臨んだのに、一番前に座ったのは僕だけ。




教授はそんな僕に、「君は目が悪いのかな?」と一言。僕は「コンタクトどころか、メガネすらかけたこともない、裸眼で1.5の視力(今も)です」とは答えず、その言葉に驚き、翌日「学術研究所(西南では研究室をこう呼ぶ)」の教授の部屋を訪ね



「なんで、予習もやってこんアホたちに合わせるんですか!あんな奴らは、全員落第か留年にさせればいいでしょう!僕は前日からテキストも読んで、関連図書も自分で買って勉強してきたのに、先生はやる気あるんですか!次回は、私語をするバカたちはさっさと追放して下さいね」と、一方的に直訴しました。




教授は「君ねぇそう言っても、大学はねと何かつぶやいていましたが、授業料で食っておきながら、まじめに授業をしないなど、学費を祖母の貯金と自分のアルバイトで稼ぎ、自転車で往復32キロの道を通学していた僕に言わせれば、立派な「時間泥棒」「犯罪者」でした。



友達には、「六本松あたりに共同で家を借りて、数人で住むようにして、みんなで図書館を作って語り合い、お金の余裕ができたらさらに部屋を借り、又貸しして小遣いを作ろう(ホントはやったら駄目)」と提案したりしたものの。みんな、「てかさぁ、今って遊ばんともったいなくない?」




外書講読、西洋史学、経済史、経済学Aテストはほとんど満点に近かったものの、それは周りのレベルが低すぎるだけで、「オレはなんて場所に来てしまったのか」と、心から後悔しました。



こんな表情では、大切な貯金を崩して大学に行かせてくれたおばあちゃんに、会わせる顔がない。悩み苦しみ、夏休みを迎えて、高校の時の恩師を訪ねました。そこで紹介されたのが、ある勉強会でした。その勉強会を起点に出会ったのが、商工会議所の古典の会でした。




部活(少林寺拳法部)では「まだ一年生のくせに」、バイトでは「まだ学生のくせに」と言われ続け、ストレスがたまっていた僕は、古典の会に、初めて居場所を見出しました。驚いたことに、集まっている多くの社長さんたちは、一人も「まだ学生」とか、「まだ子供」とは言いません。それどころか、「君の夢は何だ」、「君はどう生きたいのか」と興味を持って聞いてきます。



さらに、僕が「将来はアジアをまたにかけた事業をしたい」と言うと、翌週からは僕のことを、「アジア関連事業をやりたい小島君」と、勝手に夢を枕詞にして、紹介してくれるではありませんか。




周りの友人は、「あいつは○○高校出身やけんね」、「あいつは○○大学に行ったけんね」と、まさに「奴隷」としか言いようがない「過去」か「現在」の話題ばかりで自己表現していたのが、経営者の考え方は全く違います。「夢で自己表現」なのです。これが、何度参加しても飽きず、週に3,000円払ってでも、通い続けた理由でした。



その夢は、別に叶っていなくても構いませんでした。ただ、「そういう夢を持っている人だ」という事実が重要で、話題はいつも将来のことばかり。当然のことながら、アドバイスもたくさんもらえました。一介の学生に過ぎなかった僕の、すさみかけていた心が、このように温かく接してもらったことで、どれだけ豊かに保たれたか感謝してもしきれません。



特に、某アルミサッシ会社の社長さんには、貴重なお話ばかりでなく、経済的にも大変お世話になりました。僕はそれが嬉しい反面、申し訳なかったので、「いつもすみません。僕が社会に出てたくさん稼いだら、きちんと恩返しをします」と言うと「いいんだよ。それより、君が将来若者と接する立場になったら、経営の面白さや日本の素晴らしさを、同じように後輩たちに語ってあげなさい」と豪快な笑顔。僕は今でも、この社長さんの笑顔が忘れられません。




以来、人と付き合う時は、必ず過去や現在より、「夢」で自己表現し、かつ、相手の「可能性」を見て交流しようと心に誓いました。結局、その後中退して、20歳で日本最年少の「海外勤務」に旅立ったわけですが


僕は古典の会で、その人がどういう地位で、何をやっているかよりも、「どうなりたくて、どうしているか」を基準に付き合えば、きっと未来志向で積極的な関係が築けるはずだと気付いたわけです。




だから今、こうして30歳になっても、学生の現状よりも「可能性」を見て付き合っています。今は面接が下手、口下手、怠けがち、意志が弱いという状態でも、僕は一人一人が本気になればどれだけすごいかを、大体知っているつもりです。



それに、みんなが過去や現在を見てその人を判断するのであれば、誰がその人の夢を応援するのだろうか、と思うのです。誰かが可能性と付き合い、夢を応援しなければ、その人は永遠に「今」に引きこもって、狭い世界で学生生活を終えてしまいかねません。ならば僕が、微力ながらその「誰か」になろう、と思ったのがFUNの始まりです。



「誰か」の役割が果たせているかは、3年を経た今も分かりませんが、とにかく、これは幾分長く生きた者としては、持つべき当然の態度だと覚悟しています。




だから皆さんも、面接塾でご説明した通り、企業にあなたの「未来」と付き合ってほしければ、企業の「可能性」に共感し、未来と付き合いましょう


過去にしか話題がないのは老人で、今のことしか話題にできないのはプー太郎かプー子で、未来の話題こそ、皆さんが企業と分かち合うべきものです。そうされたら嬉しいでしょ?ならば、自分からそうしましょう。