■「内定への一言」バックナンバー編
「新しいことをやると新しくなるのではない。新しい自分になると、全てが新しくなるのだ」
FUNでは毎週「FUNゼミ」という活動を行っており、2~3ヶ月おきに講義テーマを変え、シリーズとして学生さんにお届けしています。
新年からは、秋の「FUNスピーチ塾」に続いて、「FUN作文塾」を開講しており、プロの経済誌記者の文章技術を2ヶ月かけて、学生さんに伝授中です。今日の第③回では、イギリスとアメリカを代表する名文家、デビッド・ヒュームとベンジャミン・フランクリンが若い頃に続けた「達人の文章修行方法」を勉強しました。
「自分の文章に対する考えは、浅かった」
「シンプルなのに、こんなにすごい方法があるんですね」
「本の読み方やレポートの書き方がガラリと変わりそうです」
…雪の中、朝から集まったみんなからは、こういった感想が聞かれました。作文塾のエッセンスは、今までのメルマガがそうであるように、約半年~2年後に、この「内定への一言」でご紹介しますね。
さて、今日のテーマは、作文練習の心構えとしても説いた「忍耐の効用」です。なぜこれを選んだかというと、学生さんはよく、「新しい自分に出会いたい!」と言うから。最近は、そういう歌でも流行っているのでしょうか。
その気持ち自体は素晴らしいです。さすが、それこそ若者だ…と応援しようとしたら、その次の行動を知って、いつも「う~ん…」と不思議に感じてしまいます。
それは、「私、新しい自分になろうと思って、○○を始めました!」式の答えをよく聞くからです。つまり、「新しいことをやれば、新しい自分になれる」と信じている人が多すぎるのではないか、という疑問を持つのです。ダイエットでも習い事でも、スポーツでも語学でも、今まで経験がない「新しいこと」を始めると、表面的には新しくなった気分になれます。今までやったことがないんだから新しい…確かに、行動の面では事実です。
でも、果たしてそうでしょうか?
僕の知人にも、昔はよく「オレさ、春から会社変わるから!」とか、「私、ダンス始めたっちゃん」、「新しい仕事を始めて、新しい自分になることにした」と言ってくる人がいました。しかも、この10年くらいで、同じ人から何回もそういうことを聞きました。
そのたびに、「分かった。じゃあ、結果が出てから教えてくれ」と答えていると、友達の数が激減してしまいました。僕の性格が、悪かったのでしょうか。
新しい行動に挑戦すること自体は、尊敬すべき人生態度です。でも、古い行動はどうなったのでしょうか?以前「やるぞ!」と思っていた行動は、どこに行ってしまったのでしょうか?3年も持たずにやめるのは、基本のカケラも分かっていないということです。でも、多くの人は言います。
「どうも、自分には合ってない気がした」
「続けようとは思ったけど、色々忙しくてさ」
「もっと熱中できることが見つかったから」
ふ~ん。何回聞いたことでしょうか。そういう言葉。
たとえ行動自体が新しくても、最初の1年くらいで出会うのは、毎日毎時間、「古い自分」ばかりです。行動が新しくて予備知識もなく、不慣れだからこそ、そうなって当然です。
物事全て、最初は、思うようにいかないことが多いもの。頑張ろうと思っても、基本の時点で既に辛い。「自分って馬鹿なんじゃないか」と情けなくなるような失敗も、何度も繰り返します。
そして、それが辛くなって…やめる。理由は何だっていいでしょう。どうせ逃げたんだから。
つまりこれは、「またしても、古い自分を将来のために温存してしまった」ということです。こういう精神態度を持っている限り、たとえ地球の裏側に留学しようが、結果は最初から、ナショナルパルックくらい明らかです。
どこに行こうが、何をしようが、地の果てまで古い自分が自分を追いかけ、夢から自分を突き落とすだけのことでしょう。
飽きるのは、新しく始めたことが面白くないからではなく、いつまでたっても自分が古いからです。やめるのは、「古いのは自分じゃなく、今やっているこの行動だ」と自分をごまかしてしまうからです。
つまり、一般の考えとは逆ですが、「行動力がない人」ほど、いつも新しいことに挑戦してばかり、というのが人生の真実と言えるでしょう。だから、学生さんが言うところの「行動力」とか「チャレンジ精神」という言葉を聞くと、僕は毎年、「そりゃ違うぞ」と言っています。
新しい自分に出会いたければ、何でもいいので、今やっていることをコツコツと続けましょう。嫌になっても、やめたくなっても、そんな気分は「古い自分の恐ろしい誘惑に過ぎない」と一蹴し、あくまで続けましょう。
耐えに耐え、毎日0.1%の成長でもいいから続けると、もう、昔の悩みはどこかに行ってしまっているでしょう。
多くの学生さんは、「忍耐」とか「継続」という言葉が嫌いで、自分とは関係ないと思っていて、そんなありきたりの言葉は「古い」という言葉の元に切り捨てます。そして、「人とは違うことをやるんだ」とか言っています。
で、結果はどうなりました?
痩せたのは財布だけで、4年間で身に付いたのは、サボりの要領と言い訳テクニックだけ、という人があまりに多いのではないでしょうか。実に古すぎるパターンです。「人とは違うことをやる!」と言っている時点で、既に烏合の衆と同じ思考回路である上に、ちょっとでも嫌なことがあると止めてしまうのでは、誰と違うと言うんでしょうか。「忍」の字は、「刃」と「心」でできています。
つまり、「心」がなくなると「刃」が落ちてきて、自分を切り刻んでしまう、というわけだ…と、高校の世界史の先生から教わりました。
人と違うようにあることって、本当は難しいんです。髪の毛の色を変えたり、ファッションを変えたり、生活スタイルを変えたり…という分かりやすい差別化は、苦労が伴わないので誰もがやりたがります。「コセイ、コセイ」の全体主義ですね、これは。
髪の色は違うかもしれませんが、染めている点ではみんな一緒です。そういう人間は、履いて捨てるほどいます。たとえ、口では「人と違う」と言っていようが、そういう言葉に騙されるほど、経営者は甘くありません。だから、「頑張る、は聞き飽きた。やって結果を出してから連絡しろ」と言うわけです。
だいたい、「下手な自分」に出会うと、とたんに止めるとは何事なのか。そういうのは、最初から分かっていたことではないでしょうか。以前、それが悔しかったから、「今度は頑張ろう」と思って始めたのではないでしょうか。
やってみて分かったことが、いつも事実なのではありません。人生には、初心の方が正しい時の方が多いものです。だって、「絶対にやるぞ!」と決意したんだから。
耐えたら、人は新しくなれます。忍耐力とは、自分を未来に合わせてアップデートする資質です。最初の行動を放棄して、継続を中断し、新しいことをやるほど、人は老け込んでいきます。ですから、「やりたいこと」を探す時は、苦労と失敗もパッケージ化してから探しましょう。
最初から実現できる楽しみを持つ仕事など、徹夜でインターネットの前に座ろうが、絶対に見つかりません。求めた時点で得られる楽しみとは、果たしてどれほどのものでしょうか。そういうのがあるとすれば、それは甘やかされた場合だけでしょう。それで本当に楽しいわけがありません。
バレーボールを始める時に、「スパイクだけ打ちたい!」と言うようなもので、それでは誰も認めないでしょう。そんな見方で「会社選び」をしても、志望企業は見つかりません。
ですから、学生時代とは、「新しいこと」をやるために与えられている時間なのではなく、「新しい自分」になるために与えられている時間と考えるのが正しいでしょう。
敏感とか鋭敏といった言葉は、響きも良く、通常は肯定的な意味で使われます。しかし、人生には「鋭いこと(すぐに反応すること)」が損な場合もあります。目先の失敗には鈍く、目標には敏感な人の方が、大きな行動では成功しやすいものです。
スポーツや将棋、経営、芸術の世界で一流を極めた人ほど、「運、鈍、根」(何があっても自分は運が良いと信じ、コロコロ決意を変えない鈍さを持ち、根気良くやり続けること)を人生哲学に掲げている人が多いもの。
ですから皆さんも、たとえ「よく聞くから」と言って、うまくいかない人の真似をするのだけは、絶対にやめましょう。人の行動は、動機ではなく、結果で評価するものです。始める時には何だって言えますが、そういう、責任を背負っていない状態の人の言葉は、まず当てになりません。
成功するには、スケールの小さい自分は無視して、ただビジョンを抱き、初心を保って、一心不乱に続けることです。面接では、あなたを新しくした「忍耐と継続」をぜひ、相手に伝えましょう。相手はあなたを、「有名大学の、新しいことに挑戦しまくった学生」よりも優先するでしょう。