■「内定への一言」バックナンバー編


「冗談じゃない。我々が空に合わせて変わったんだ」(ライト兄弟)


その①




ずっと「正解」のある問題を解き続けてきた学生さんが、三年の秋頃から就職活動を始めると、自己分析や業界研究でも「正解があるのではと無意識に思い込んでしまい、「ピッタリを探して一歩も動かず」という光景が毎年見られます。


「自分に合った会社」

「今は出会っていないけど、きっとどこかにある自分にピッタリの会社」

「条件、やりがい、人間関係運命的なくらいバッチリの会社」



これは正に、「就職版・シンデレラシンドローム」とでも言える現象です。きっと、この世のどこかに、自分との出会いを待望してくれている、条件も、外見も、性格もバッチリの素敵な素敵な相手が


いるわけない。



いると思っているのなら、ドラマの見すぎでしょう。そう思っておけば、傷付かずに幸せですからね。もっとも「最後の傷」は、とてつもなく大きいのですが。



これは、会社でも同じことです。出会いやチャンスを増やしたいからといって「相手」を変えても、出会える人間・会社は変わりません。東京に行こうがアメリカに行こうが、本人が「今のまま」だったら、出会う人間や会社の質は、似たようなものです。




誰でも、焦ってくれば、重要な情報や譲れない条件を「捨象(あるのに、ないものとして気付かない)」してしまいます。感情が判断を歪め、その時は「それでいい」と思ったことが、冷静な心境に戻れば「なぜ、これを選んだのか」と悔やみきれなくなることも。完璧主義者に前進はありません。



前進したら、完璧に近付きます。それでも下手に完璧を目指せば、「婚期を逃したOL」のようになります。そして、就職でもそういうことが多いそうで、今は「内定ブルー」という言葉もあるそうです。内定した後に、どっと後悔が押し寄せるとか




さて、皆さんは「ライト兄弟」を知っていますよね。世界初の継続飛行(動力飛行)に成功した、オービルとウィルバーの兄弟です。彼らが初飛行に成功するまでに、どれだけ多くの人が空に挑戦し、命を落とし、あるいは諦めていったかは、彼らの伝記によく出てきます。


・腕に翼を付けて飛んだ人

・崖から飛び降りた人

・草原の坂を駆け下りた人

・台風の中を飛んだ人

・人に引っ張ってもらった人(人間凧あげ)


これらの手段は、当時は「やむをえない」、「どれかが成功するんだろう」と思われていたものでした。無理もありません。飛行機がない頃、空を飛んでいる物体といえば、「鳥」しかいません。その鳥に似せようとして、人間は数々のチャレンジを繰り広げました。しかし、その全てが失敗に終わりました。




なぜでしょう?それは「自分の力」を当てにしたからです。腕力、降下によって発生する風力、自走力、強い風、他人の引力などは、全て「人工的」、あるいは「人為的」、「偶発的」という点で共通しています。


つまり、「再現不能」で、「継続不可能」、かつ、「実施する人によって条件が変わる」ということです。そして、「人間の力」を過信したばかりに、人類は挑戦から300年たっても、空に浮くことすらできなかったのです。




そして、ライト兄弟の出番が来ました。彼らは集められる限りの「前例」を集め、比較し、研究し、試し、そして、失敗しました。賢明な兄弟は、そこで気付きました。


「これらの方法で仮に飛行できたとしても、果たして飛び続けることはできるのだろうか?」



実に賢明な問いです。ものすごく腕力の強い人がいて、仮に一時的に腕力に頼って飛べても、それは一分ももたない。崖から飛び降りて、強い抵抗を受けたとしても、その風力は数秒しか持続しない。坂を駆け下りて上昇気流を蓄えても、それは坂が終わればなくなる。人に引っ張ってもらって引力を得ても、引っ張る人が疲れれば、そこで終わり。



そう、従来の飛行への試みは全て、「一時的に飛ぶこと」は想定していても、「飛び続けること」を想定したものではなかったのです。つまり、失敗するべくして失敗していた、というわけです。



そしてこの時、ライト兄弟の頭の中に、稲妻のようなひらめきが起こりました。それは、「空に飛ばせてもらう(空気に任せる)」という逆転の発想です。人間の力や、偶然への期待を、思い切って切り捨てた瞬間です。彼らは有人飛行を夢見ていました。



つまり、「人が搭乗でき、かつ、長時間飛び続けられる飛行機」を考えていたのです。そう考えた場合、腕力や崖、草原、坂、引力などの要素は、果たして、頼るに健全な要素と呼べるのだろうか?




彼らの下した答えは「No」でした。彼らは「自然な気流の中でも安定的に飛ぶ飛行機」を考えていたので、自然な気流で飛べる飛行機を作ろう、と、当たり前に考えたわけです。




それまでの人が「飛びたい!なんとしても飛ばずにおくものか!」とヤケになり、半ば感情的になって「無人でいい、短くていい、自分だけでも空を味わいたい!」と当初の目的を忘れていったのに反し、兄弟は冷静でした。




「我々は何を目指し、そして何をなすべきか?」という問いから、片時も執着を外さなかったのです。そして、自然な気流でも「揚力」を発生させられることに気付き、エンジンや翼に幾多の改良を施して、遂に、有人継続飛行に成功しました。そこには「腕っぷしの強い人」もいなければ、「崖」もなく、「草原の坂」もなければ、「引っ張り続けてくれる人」もいませんでした。



ただ、「空」だけがありました。