◆今日の一言(通巻 第402号)
『天才は、凡人に比して遥かに多くの苦難に耐える』(阿部次郎)
今日は「業界ゼミ」でホテル、テーマパーク、外食、娯楽業界の仕組みを説明した後、夕方から、西南大の野球部でマネージャーを務めるMさんとちょっとお話。
4年前も、僕のような若造に相談のメールが来ることがただ嬉しくて、なんとか力になろうとサークル顧問を続けてきたら、今のような大きなサークルになっていました。
「ちょっとした相談でも、とにかく本人から直接聞く」。その姿勢は、営業であれ創業であれ、学生さんとの話であれ、変えることはありません。
Mさんのお話を聞くと、選考や説明会で色々な業界に触れるうちに、色々な仕事に魅力を感じつつも、新たな迷いや希望が沸き起こってきたようでした。
就活を始めると、今までいかに多くのことを、「自分一人だけ」で考えていたかに気付きます。そこそこうまくいったのは、義務や負担が少なく、希望や損得、好奇心で行動したからだった…と気付くのが、最初の成功でしょう。
好奇心だけで動ければ、苦労はいりません。日頃自分が考えていることの大半は「自分でやること」に限られがちで、相手を介在させて考えるのは、なかなか難しいものです。
Mさんも、そこは運動部の花形である野球部のお世話係ということで、地道な下積みや長期的な成長の意義をしっかりと確認できたようで、さすがだと感じました。
Mさん、「スムーズに進むこと」が成功ではありませんよ。
より打たれ強く、より優しく、より細かい配慮ができるようになることが成功です。ですから、今経験していることも成功です。張り切って就活に臨んでいきましょう!
さて、今日のテーマは「天才」です。
多くの人が憧れ、多くの人がそうなりたがり、多くの人がなれない天才。
なぜなれないのかといえば、それは明確な定義を持っていないからというのも、一つの理由かもしれません。
「天才」を含む有名な格言をいくつか挙げてみると…。
『孤独は天才が通う学校である』(エドワード・ギボン)
『天才が持っている才能?努力する才能だ』(ジャック・二クラウス)
『天才は、凡人が引いたレールに自分を乗せない』(スタンダール)
『天才も不滅ではないということは、凡人への慰めである』(ゲーテ)
色々ありますね。
そんな中、僕が昔から気に入っているのは、大正時代に当時のエリート学生の間に熱烈な反響を巻き起こした超ベストセラー『三太郎の日記』(角川書店)を29歳で書いた阿部次郎の言葉です。
「天才とは、凡人に比して遥かに多くの苦難に耐える」。
僕はそれまで、天才とは「結果」だと思っていましたが、この言葉で、「過程なんだ」と気付きました。
ちなみに、『三太郎の日記』はあまりの人気に第三部まで発刊され、その後、「合本(連続作品を一冊にまとめた本)」の形で、『合本・三太郎の日記』として発刊された後、今では絶版となっています。
阿部次郎は東北大学で哲学を教えた教育者で、こんな名前を知っている人は、今では70歳以上の方々にしか見られないでしょうが、僕は時代錯誤人間なので、なぜかこの名作を持っています。
職業、学問、恋愛、人生、国家、社会、友人…国際化時代を迎え、本物の学問をしたいと願って学びの場に集った若者たちから熱烈な支持を受けた学者の代表作は、4月のFUN Business Cafeで読むので、どうぞお楽 しみに。
さて、「天才」とは、「凡人に比して遥かに多くの苦難に耐える」人のことだそうですよ。
これって、すごいニュースじゃありませんか?
だって、耐えれば天才になれると言っているのですから。
どうして、耐えたら天才になるのか?
それは、人間は何らかの行動を続ける限り、決して同じことはせず、失敗すらも更新し、自分の中に眠っている才能を少しずつ掘り起こしていくことができるからです。
人は一つのことに耐え続けるほど、新しく有能な人間になり、目先の「新しいこと」に次々と挑戦するほど、「古くてダメな自分」を維持し続けるものです。
ダメだから、すぐやめます。ダメだから、手っ取り早い結果ばかり求めます。こらえ性がない人は、始まりから既に失敗するようにできているものです。まず失敗に耐えることが、成功の条件なのに。
だから、「私はチャレンジ精神旺盛です!学生時代は色々なことに取り組んできました!」と言う人はやる気がない人で、地道であれ目立たないことであれ、決めたことを続けて何かを達成した人ほど、やる気がある人です。
何か価値あることを成し遂げようと思ったら、4年なんて短すぎです。そんなに次々と新しいことに取り組めるほど、最初から豊かな才能を持つ人はいません。
「新しいこと」に取り組む姿勢を認める前に、「その前にやったこと」をどう達成したか、それを確かめなければ、人の評価はできません。人は往々にして、新しいことには過剰な願望を託し、都合のいいことばかり考えるからです。
「天才」とは、その語源が「天分として与えられた才能」であることからも分かるように、努力なしでは自覚も保有もされず、努力して初めて顕在化するもの。
つまり、これはそのような「人」を指す言葉ではなく、「資質」を指す抽象名詞がその語源なのです。
それを「あの人は天才だ」と言う誤用が広まった結果、多くのネガティブ人間が「どうせ私にはそんな才能はない」と諦め、間違った定義を広めてしまったのでしょう。
忍耐とは、「信じて待つ」ことです。ただ受動的に試練に身を任せる態度ではありません。停滞にも見えかねない現実の中に成長のくさびを打ち込み、必死の努力で1センチでも進もうとするその態度が忍耐です。
耐えるのが嫌になって、「こんなことをしていては無駄なのではないか?」と中断と路線変更を都合よく正当化し、新しいことをやろうとするのは「リセット」で、要するに「ゼロ」になることです。
こういうゼロばかりやっていると、結局その人は「マイナス人間」になってしまい、資金、時間、労力、知識、助言などを人からもらわねば、帳尻が合わない人間になっていきます。
「耐える」とは、なんと先進的でカッコよく、おしゃれでお得な態度なのでしょうか。
してみれば、天才とは、「結果」ではなく「過程」を意味し、与えられた天分(才能)が開花するまで、粘り強く耐え、継続する態度そのものを指す言葉と考えた方が適切です。
天才とは、忍耐のことだったんですね。なるほど…。
これはまさに、貯金と同じだとも言えます。
例えば、「1日500円」のお金を今日使えば、今日なくなります。よって、この人は次の日もまた、「500円」からスタートせねばなりません。
500円をその日のうちに使う限り、この人の一日の経験は永遠に「500円以内」のものにとどまり、おそらく1年後は、発想のスケールや肝っ玉がものすごく小さな人間になっているでしょう。
それに対して、たった「500円」であれ、今日買いたいものをぐっとこらえ、明日の可能性に賭ける。すると、翌日の500円と合算されて、今日は「1,000円分」の可能性を保有できることになります。
それでもぐっと耐え、365日、これを続けると…
1年後は実に、「182,500円」の貯金になります。
「今日500円しか使えない人」と、「今日182,500円使える人」とでは、どちらの方が大きく、長期的で、価値ある経験に投資することができるでしょうか。
「金が全てじゃない」。
なるほど。
金の方も、そんな人に対しては「おまえが全てじゃない」と言います。
能力にも知識にも、貯金のような性質があります。それは、耐え続けるほど未来の可能性と選択肢が広がっていく、というもの。
いざという時を迎えて、動員できる知識や見識、意欲、人脈、経験がどれくらいあるかで、人生のあらゆる勝負は決まります。
天才とは、自信や経験、知識、信用を貯金してきた人のことです。だから、しかるべき時に、狂いなく十分に、持てる資質を発揮できるのです。
「耐えるだけで、天才になれる」。
こういう単純なことでも、人に聞かず、迷いを捨てて、本当に心の底から、一度信じてみませんか?一回信じたら、もうちょっと信じて頑張ってみましょう。すると、いつしか「やめること」の方が嫌になるものです。
学生さんが憧れる「天才」になるのに、お金も才能も不要ですよ。これはお金が必要で忙しくなるこの時期、とってもお得なニュースですよね。
ということで、今日は「天才の定義」についてのお話でした。
『天才は、凡人に比して遥かに多くの苦難に耐える』(阿部次郎)
今日は「業界ゼミ」でホテル、テーマパーク、外食、娯楽業界の仕組みを説明した後、夕方から、西南大の野球部でマネージャーを務めるMさんとちょっとお話。
4年前も、僕のような若造に相談のメールが来ることがただ嬉しくて、なんとか力になろうとサークル顧問を続けてきたら、今のような大きなサークルになっていました。
「ちょっとした相談でも、とにかく本人から直接聞く」。その姿勢は、営業であれ創業であれ、学生さんとの話であれ、変えることはありません。
Mさんのお話を聞くと、選考や説明会で色々な業界に触れるうちに、色々な仕事に魅力を感じつつも、新たな迷いや希望が沸き起こってきたようでした。
就活を始めると、今までいかに多くのことを、「自分一人だけ」で考えていたかに気付きます。そこそこうまくいったのは、義務や負担が少なく、希望や損得、好奇心で行動したからだった…と気付くのが、最初の成功でしょう。
好奇心だけで動ければ、苦労はいりません。日頃自分が考えていることの大半は「自分でやること」に限られがちで、相手を介在させて考えるのは、なかなか難しいものです。
Mさんも、そこは運動部の花形である野球部のお世話係ということで、地道な下積みや長期的な成長の意義をしっかりと確認できたようで、さすがだと感じました。
Mさん、「スムーズに進むこと」が成功ではありませんよ。
より打たれ強く、より優しく、より細かい配慮ができるようになることが成功です。ですから、今経験していることも成功です。張り切って就活に臨んでいきましょう!
さて、今日のテーマは「天才」です。
多くの人が憧れ、多くの人がそうなりたがり、多くの人がなれない天才。
なぜなれないのかといえば、それは明確な定義を持っていないからというのも、一つの理由かもしれません。
「天才」を含む有名な格言をいくつか挙げてみると…。
『孤独は天才が通う学校である』(エドワード・ギボン)
『天才が持っている才能?努力する才能だ』(ジャック・二クラウス)
『天才は、凡人が引いたレールに自分を乗せない』(スタンダール)
『天才も不滅ではないということは、凡人への慰めである』(ゲーテ)
色々ありますね。
そんな中、僕が昔から気に入っているのは、大正時代に当時のエリート学生の間に熱烈な反響を巻き起こした超ベストセラー『三太郎の日記』(角川書店)を29歳で書いた阿部次郎の言葉です。
「天才とは、凡人に比して遥かに多くの苦難に耐える」。
僕はそれまで、天才とは「結果」だと思っていましたが、この言葉で、「過程なんだ」と気付きました。
ちなみに、『三太郎の日記』はあまりの人気に第三部まで発刊され、その後、「合本(連続作品を一冊にまとめた本)」の形で、『合本・三太郎の日記』として発刊された後、今では絶版となっています。
阿部次郎は東北大学で哲学を教えた教育者で、こんな名前を知っている人は、今では70歳以上の方々にしか見られないでしょうが、僕は時代錯誤人間なので、なぜかこの名作を持っています。
職業、学問、恋愛、人生、国家、社会、友人…国際化時代を迎え、本物の学問をしたいと願って学びの場に集った若者たちから熱烈な支持を受けた学者の代表作は、4月のFUN Business Cafeで読むので、どうぞお楽 しみに。
さて、「天才」とは、「凡人に比して遥かに多くの苦難に耐える」人のことだそうですよ。
これって、すごいニュースじゃありませんか?
だって、耐えれば天才になれると言っているのですから。
どうして、耐えたら天才になるのか?
それは、人間は何らかの行動を続ける限り、決して同じことはせず、失敗すらも更新し、自分の中に眠っている才能を少しずつ掘り起こしていくことができるからです。
人は一つのことに耐え続けるほど、新しく有能な人間になり、目先の「新しいこと」に次々と挑戦するほど、「古くてダメな自分」を維持し続けるものです。
ダメだから、すぐやめます。ダメだから、手っ取り早い結果ばかり求めます。こらえ性がない人は、始まりから既に失敗するようにできているものです。まず失敗に耐えることが、成功の条件なのに。
だから、「私はチャレンジ精神旺盛です!学生時代は色々なことに取り組んできました!」と言う人はやる気がない人で、地道であれ目立たないことであれ、決めたことを続けて何かを達成した人ほど、やる気がある人です。
何か価値あることを成し遂げようと思ったら、4年なんて短すぎです。そんなに次々と新しいことに取り組めるほど、最初から豊かな才能を持つ人はいません。
「新しいこと」に取り組む姿勢を認める前に、「その前にやったこと」をどう達成したか、それを確かめなければ、人の評価はできません。人は往々にして、新しいことには過剰な願望を託し、都合のいいことばかり考えるからです。
「天才」とは、その語源が「天分として与えられた才能」であることからも分かるように、努力なしでは自覚も保有もされず、努力して初めて顕在化するもの。
つまり、これはそのような「人」を指す言葉ではなく、「資質」を指す抽象名詞がその語源なのです。
それを「あの人は天才だ」と言う誤用が広まった結果、多くのネガティブ人間が「どうせ私にはそんな才能はない」と諦め、間違った定義を広めてしまったのでしょう。
忍耐とは、「信じて待つ」ことです。ただ受動的に試練に身を任せる態度ではありません。停滞にも見えかねない現実の中に成長のくさびを打ち込み、必死の努力で1センチでも進もうとするその態度が忍耐です。
耐えるのが嫌になって、「こんなことをしていては無駄なのではないか?」と中断と路線変更を都合よく正当化し、新しいことをやろうとするのは「リセット」で、要するに「ゼロ」になることです。
こういうゼロばかりやっていると、結局その人は「マイナス人間」になってしまい、資金、時間、労力、知識、助言などを人からもらわねば、帳尻が合わない人間になっていきます。
「耐える」とは、なんと先進的でカッコよく、おしゃれでお得な態度なのでしょうか。
してみれば、天才とは、「結果」ではなく「過程」を意味し、与えられた天分(才能)が開花するまで、粘り強く耐え、継続する態度そのものを指す言葉と考えた方が適切です。
天才とは、忍耐のことだったんですね。なるほど…。
これはまさに、貯金と同じだとも言えます。
例えば、「1日500円」のお金を今日使えば、今日なくなります。よって、この人は次の日もまた、「500円」からスタートせねばなりません。
500円をその日のうちに使う限り、この人の一日の経験は永遠に「500円以内」のものにとどまり、おそらく1年後は、発想のスケールや肝っ玉がものすごく小さな人間になっているでしょう。
それに対して、たった「500円」であれ、今日買いたいものをぐっとこらえ、明日の可能性に賭ける。すると、翌日の500円と合算されて、今日は「1,000円分」の可能性を保有できることになります。
それでもぐっと耐え、365日、これを続けると…
1年後は実に、「182,500円」の貯金になります。
「今日500円しか使えない人」と、「今日182,500円使える人」とでは、どちらの方が大きく、長期的で、価値ある経験に投資することができるでしょうか。
「金が全てじゃない」。
なるほど。
金の方も、そんな人に対しては「おまえが全てじゃない」と言います。
能力にも知識にも、貯金のような性質があります。それは、耐え続けるほど未来の可能性と選択肢が広がっていく、というもの。
いざという時を迎えて、動員できる知識や見識、意欲、人脈、経験がどれくらいあるかで、人生のあらゆる勝負は決まります。
天才とは、自信や経験、知識、信用を貯金してきた人のことです。だから、しかるべき時に、狂いなく十分に、持てる資質を発揮できるのです。
「耐えるだけで、天才になれる」。
こういう単純なことでも、人に聞かず、迷いを捨てて、本当に心の底から、一度信じてみませんか?一回信じたら、もうちょっと信じて頑張ってみましょう。すると、いつしか「やめること」の方が嫌になるものです。
学生さんが憧れる「天才」になるのに、お金も才能も不要ですよ。これはお金が必要で忙しくなるこの時期、とってもお得なニュースですよね。
ということで、今日は「天才の定義」についてのお話でした。