さて、皆さんは幸福になりたいですか?

 

「幸福」の対義語は「不幸」らしいのですが、私は「苦痛」だと思います。

 

まず、皆さんが幸せを感じる時はどんな時でしょうか?

 

美味しいものを食べた時だとか、友人との楽しいひと時、恋人との幸せな時間など、

 

様々あると思います。

 

しかし、これらのものがもし得られないとしたら、どうでしょうか?

 

それは不幸と言えるでしょうか?

 

私なら、無くても別に問題はないと思います。

 

 

つまり、幸せとは贅沢です。贅沢をしなくても普通に生きていく事は出来ますよね。

 

幸せとはまた、快楽です。快楽が無くても生きていく事は出来ます。

 

 

それが楽しい人生かは置いておき、では苦痛の人生ならどうでしょうか?

 

苦痛を感じる人生よりかは苦痛を感じない人生が良いと思いませんか?

 

苦痛を感じない人生よりは幸せを感じる人生の方が良いと思いますが、苦痛か普通かを選ぶとしたら、普通を選びますよね。

 

 

つまり、普通の状態が幸せなんですよね。

 

それは苦痛を感じていない状態だからです。

 

幸せにもレベルがあり、レベル1から10まで評価をするとしたら、レベル0もあるという事です。

 

レベル0の状態も幸せであるならば、多くの人が求める幸せというものは、贅沢に過ぎないという事です。

 

 

現代には贅沢が溢れています。

 

スマートフォンがあればゲームも出来るし、人とのコミュニケーションやYouTubeなど、楽しい事が溢れています。

 

しかし、贅沢をしていると次第に人は慣れていきます。

 

 

私もよくウーバーイーツで食事を済ませていましたが、初めは美味しいと感じていたものも、何度も食べているうちに、「あれ、今日は前よりあまり美味しく感じないな、味落ちたかな?」と感じることが多々あります。

 

お気に入りのレストランを見つけた時も、何度も通っているとやはり飽きてしまいます。

 

たまに自分で手間暇かけて料理をするのですが、レストランとは比べものにはならないくらい美味しく感じます。

 

 

趣味で集めている腕時計も、安い時計では満足が出来なくなり、どんどん高い時計ばかり買っては、昔に買った時計は飽きて殆ど着けていなかったり。安くても良い時計は沢山あるんですけどね。

 

結局贅沢を求めると際限がありません。

 

お金を求めて求めて、どんどん増やした所で、やはり世の中には高い商品がたくさんあるので、その収入に見合った商品を見つけては買ってしまうんですよね。

 

だからこそ、自分が本当に必要な分だけ稼げれば良しとし、必要以上に稼がなくても良いなと思っています。

 

 

ただ、自分にとっての幸せの価値観を細分化する事によって、苦痛を取り除くためにはしっかりとお金をかけても良いと思いました。

 

例えば、私はかなり騒音にうるさい人なので、家は防音の対策が取れている家に住んでいますし、コストはかかりますが、日々のストレスが無いという事は私にとって非常に大切な事です。

 

贅沢をすることに関しては、贅沢をしなければしないほど、ちょっとした事で幸せを感じるようになると思います。

 

お腹がすごく空いている時に食べるご飯が美味しく感じるように、

 

質素な暮らしを継続していこうと思います。

 

その方が健康にも良いですし、たまに誰かと出かける時には美味しいものを食べるくらいが丁度良いのかと思います。

 

 

結局何が言いたいのかというと、無理して幸せを求める必要はなく、優先するべきことは苦痛を減らすこと。

 

苦痛が無くなったらその状態は既に幸せであるという事です。

 

 

苦痛を苦痛と感じている程度であれば、それもまた幸せなのではと思う人もいるかもしれませんが、

 

やはり、苦痛は放置しておくと、やがて大きなダメージになります。

 

何か大きな問題を抱えている場合は、最優先でそれを取り除くために、自分自身と向き合う事が大切です。

 

 

もちろんそれ自体に苦痛が伴うことがありますが、その苦痛を乗り越えた先に苦痛が無くなるのであれば、

その苦痛は悪い苦痛ではないという事です。

 

そういった苦痛と向き合うためにも、自分1人で解決しようとしないで、誰かに相談したり、人に頼ることも大切です。