ま、なるようにしかならんでしょ。 -2ページ目

ま、なるようにしかならんでしょ。

社会からドロップアウトしたおっさんが
日々の生活や、趣味、出来事等につて記していきます。
備忘記的なもの?
言霊の姥捨山として更新していきます。

やっとやっと長い旅路のターニングポイントを越えました。

まさかここまで来るとは、予想すらしていなかった。
ある意味では自画自賛し、手放しで賞賛しても許されるだろう。

どこまでこの路を進むかは、ここまで来れば出たとこ勝負。
進むも自由、降りるも自由。

厳密に言う通過点は、来週になるのかな?

とはいえ、本当に辛い毎日です。
どこまで自分の気持ちをキープ出来るかが、ここから先の岐れ路。

とりあえずは進むしかない。
自分で幕を閉じるまでは。

今、確実に言えることは
自分は本当に能力のない人間だと言うこと。
何故なら、底辺の集団にいながら、その中の底辺にすくっているという事実。

まぁ、何とか騙し騙し生きて行けてるから、それはそれで良しとするか。

限られた人生の時間を少しでも価値の有る物にする為にも、壊れない程度に無理しながら過ごしていきます。
何だかんだと大変ですが、
何とか仕事は続いています。

自分でも、なぜ続いるのが不思議なくらいです。

不思議に感じたついでに、メンタルを罹患してからの人生を振り返ってみました。

10年強前から、メンタルを拗らしはじめ
この5年は完全就労不能となっていました。

自分でも働きたいという希望も目的もなかったうえに、医師からも就労はストップされていました。

このまま一生、働くことなく死んでいくだろうと、ぼんやりですが、考えていました。

家を売ったり、引越ししたりと、人生のターニングポイントでバタバタしていた時に、ボランティアの話を聞いて、これくらいならできるかも?と軽い気持ちで始めました。

ボランティアでは精神科病院の閉鎖病棟で行われるプログラムに参加して、お手伝いをするみたいな感じでした。

その病院で初めてPSW(精神保健福祉士)という資格がある事を知り、どうせなら自分の知識を習得してみようと勉強を始めました。

仕事で使うとも考えていなかったので、自分を知るということが1番の目的でした。

2年近くかけてレポートやスクーリング、実習を経て、専門学校を卒業しました。
実習はかなりきつかったです。泣いて帰る日も何回かありました。ただ不思議と、もう辞めてしまおうとまでは思いませんでした。

そんなこんなで試験に向けて勉強し始めたのですが、やはりここが1番辛かった。
どう考えても合格出来るなどと考えもしませんでした。とにかく科目数が多すぎ!
勉強はかなりしましたが、対策的なことは全くやってませんでした。

2日にわたる試験を受け、もうどうしようもない絶望感だけで日々を過ごしていました。

合格発表の日、ネットで自分の受験番号を見つけた時は、走り回って喜んだのを覚えています。

合格がきっかけとなって病院を変えたり、生活を見直したりと、何となくライフプランを立てるようになりました。

資格だけではどうしようもない資格ですが、たまたま資格ありきの人間性重視な求人を、オープンで見つけました。

その後はトントン拍子にことが進み、入社となりました。

そして現在に至ります。

どこでどう間違ったか、一般就労になったいま、改めて感じることは、自分の目標は達成が無理だとしても自分で抱いておくことかなと今となって感じます。

自分が自分なりな行き方が出来れば、それなりの充実した日々に繋がるのかなとも思います。

長文、すいませんでした!
ご無沙汰しています。
騙し騙し何とか働いています。

そんな胡散臭い労働で得た給料がきっかけとなり、突然、物欲センサーが発動しました。

10数年ぶりの発動です。
何かは想像にお任せ致します(笑)

以前、物欲センサーが発動した時は、ゴリゴリに働いていたので、そんな勢いに任せて、いくつかターゲットを手に入れました。
しかし、いろいろあって全てのターゲットを手放してしいました。

根本的には1つあれば十分なものなので、1つを残し手放したのですが、残りの1つも訳あって手放すこととなりました。
そんな状態が数年続き、今回に至りました。

今回、センサーのターゲットとなったのは、これまでとは異なるタイプのものでした。カテゴリは同じですが。

既に独り言ですが、更に独り言を語ります。
今回、なぜそれがターゲットになったのか考えで見ました。

沢山のターゲットとなる選択肢があるなかで、物欲センサーが発動のきっかけとなったのは、今回の獲物が数年来、脳裏に焼き付いていたからかな?
改めて考察しようと考えたけど、面倒くさくなったのでやめておきます…

結論としては、これからも働き続けないといけない立場に自らを陥れてしまったということです。

おしまい!


予想外の給与支給日となりました。

正直、1ヶ月くらいで辞めるつもりでいたのに
ここまで続いた自分に驚きです。

と言いながらも、何度ももうあかん!と思う日がありましたが
結果的にここまで来たのは自分でも認めるべきなのかなと感じたりしてます。

余談ですが、給与は驚くほど安いです。
普通に3割負担で病院に通院したら、確実に赤字です。
そう考えると、生活保護以下の生活をしているとしみじみ感じます。
別にそれがどうのでは無く、自分は今の仕事のスキルアップが出来て、サラリーが貰えることに感謝します。
また寝て過ごして日々が過ぎていくよりは、何か足跡を残した方が、残りの人生にも付加価値がつくかと。
もうひとつは、ブログに記載した足跡くらいかな?


もし異動とかになれば、直ぐに辞めると思います、多分、いや少しやってかな……
これからはどうであれ、今の部署にいるうちは切磋琢磨の自己啓発を行います。

頑張って資格を取得して、それが活かせる職場にいる今、遠回りしたけど胸を張って生きていけるし、いかないといけない。


昨夜、高校時代の友人と4人でLINE飲み会をしました。
皆さんそれなりにお元気のようで、2時間を楽しく過ごさせてもらいました。

コロナ禍では2回目の同窓会となり、ライフスタイルが変わったなぁと実感。
予め話す話題を何個かピックアップしていたので、だれることなく楽しめました。

私以外は本当に素晴らしい友達です。
頭も良くて頑張り屋。なんで私の友達をやってくれてるのか不思議なくらいです。
友人達に感謝!

さて仕事ですが、何とか続けてます。
しかし、かなり精神的にはきついです。
今までの仕事からすると、ぬるま湯としか言えない職場環境なのに
毎日、見えない何かに怯えながらの仕事。
改めて自分が精神なんだなと痛感します。
辛い理由がないのに辛いなど、自分でも理解不能です。

合理的配慮は一般就労なのでないですが、おそらく障害者枠での就労よら合理的配慮があるような職場です。

先日、直属の上司に通院していると伝えました。
帰って来た言葉が「私も通ってる」だったので、次の言葉が出ませんでした😅
一応、自分の感情を伝えて話は終わりました。

数日後、所長から呼び出されました。
所長の開口一番は
「いろいろ考えさせてすんませんでした!」
と謝罪からスタート。
なんで私が謝られるの???
その後、今後の私の処遇について、所長の考えを説明下さりました。

もう何が何だかといった感じです。
悪いのは弱いメンタルの私なのに、なんでこうなるのだろうか?と。

いよいよ自分の為だけではなく、職場で活躍する為にもという就労になって来ました。
心の中の何処かで、解雇されるきっかけを探して就労からは引退しようと目論んでいたのに
全てが崩れ去りました。

とりあえず当面は、何とか乗り切りたいと思います。
ただ、崖っぷちで生きていることには変わりないのでどうなんだろうか、私は(笑)

※少し加筆しました。