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聖書が語る私は誰なのか?



世の中には信仰を持つキリスト教徒が多い。ほとんどの信仰人は漠然と、神様とイエス様を信じるだけで救われると思っており、神様の約束が何なのか、また聖書の中での自分が誰なのかは知らない。神様が今日の私たちに約束されたのは何であり、聖書での自分はどのような存在なのかを調べてみよう。



1.肉的イスラエル



 神様は創世記15章でアブラハムと契約を結ばれ、創世記17章を見ると、この契約は彼の子孫も代々に信じて守らなければならない永遠の契約であった。契約の内容は、アブラハムの子孫が他国に行って400年間苦役の生活を続け、その後、多くの財産を持って出エジプトをし、カナンの地を征服して治めながら住むという事であった。(神様が決めた)時になり、神様は約束通りにモーセを通してその民たちをエジプトから救い出され(出12章)、その民たちと契約を結ばれた。それは「もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、すべての国々の中にあって、祭司の王国、聖なる国民となる。」という事であった(出19:5~6)。



 彼らはエジプトで生まれ、増え、エジプトの王パロ(悪魔)の下で奴隷の生活をしていた者たちであった(出1章、3章、5章)。奴隷の生活をしていた彼らに、神様との契約を守るなら、神様の国と祭司長とされ、聖なる民とされるという事であった。その契約とは何だろうか?エジプトで生まれ、増え、奴隷の生活をしていたイスラエルの民たちがそこから出て来て、カナンの地を征服して治めながら住むようにされると約束なさったので、彼らが約束の民族であり、この約束を信じることが義となり、義と認められることによって彼らが神様の国と祭司長になるという事であった。



しかし、彼らはカナンの地の直前で神様との契約を破り、信じず、神様は信じない彼らを荒野で40年間迷わせ、死なせた(民14:32~35、ヘブ3章)。その後、ヨシュアがその子孫とともにカナンの地を征服し(ヨシ1章)、シェケムで彼らと約束をした(ヨシ24章)。その約束の内容は、神様を信じて永遠に仕えるという事であった。それ故、彼らが約束の民族であり、約束を守るなら、神様の国と祭司長にされるという事であった。



 人間の考えでは、悪魔の王(パロ)の下で奴隷の生活をしていた彼らが、何故神様の国と聖なる国民になれるのかと言うかも知れないが、神様は神様の約束を信じる信仰を義と認められ(ロマ4:1~3、5:1、10:10)、信じる彼らを神様の国と祭司長にされるという事であった。



2.霊的新しいイスラエルの国



今日、キリスト教徒の中には、聖書が語る自分は誰なのかを知っている人がいない。漠然と神様とイエス様を信じれば救われ、天国に行くという信仰をしている。新約聖書には新約に記録された約束を信じることによって約束の民族となり、国と祭司長になると書いてある(啓1:5~6、5:9~10)。その約束とは何だろうか?



 主の再臨の時になると、イエス様とその弟子たちが2千年間種を蒔かれた畑から穀物が収穫され(マタ13:30、38~39)、シオン山に行くことになる。シオン山では、啓示された御言葉(新しい歌)によって印を押されなければならず(啓14:1~5)、印を押された者、12支派14万4千人が(啓7:3~4)イエス様の血によって贖われた神様の国と祭司長になる(啓1:5~6、5:9~10)。これが新約の約束の国で、民族である。これは、アブラハムの種によって生まれた肉的イスラエルではなく、神様の種によって生まれた神様の霊的新しいイスラエル12支派の家族である。新約では、これを信じることによって神様の民族、すなわち神様の国と祭司長になると約束されたのである。



3.聖書が語る私



 新約聖書の中でのあなたは誰なのか聞かれると、「私はシオン山に収穫されてきた、12支派の印を押された神様の国と祭司長です。」と自信を持って答えなければならない。今日、聖書通りに新天地で成し遂げられた(啓21章)すべての事が、神様が新約聖書で私たちに約束された事であり、神様が今日の私たちに信じなさいと言われたのも、まさにこれである。私たちはこれを信じて義に至り、神様の国と祭司長となった。「印を押された12支派が神様の国と祭司長である。」と言われた新約の約束の御言葉が、すなわちこの御言葉通りに現れた私たちのことを証ししている。私たちは新約に約束された御言葉通りに成し遂げられた実体である。



 私たちは神様と神様の約束通りに今日私たちに成し遂げられたこのすべてを確実に信じている。