雇われた牧者と偽りの牧者とまことの牧者
● 本文:ヨハ10章
初臨の時と再臨の時の雇われた牧者と狼とまことの牧者は誰だろうか?
神様がマラキ書3~4章で約束された通りに遣わされた者がいる。その名はヨハネ(バプテスマのヨハネ)である(ヨハ1:6~8)。このバプテスマのヨハネは、 来られるイエス様の道を備えるともしび(ヨハ5:35、啓4:5参考)の働きを行った牧者である。
当時、聖殿で祭司長の務めをしていたヨハネの父ザカリヤは(ルカ1章参考)、その務めが終わり、ヨハネがその後を継いだので、ヨハネはエルサレムの聖殿の選民に遣わされたのであった。
本文(ヨハ10章)の雇われた牧者は、誰を指して言われた御言葉だろうか?
雇い人は雇われて働く者である。エルサレムの聖殿に遣わされたヨハネと一つになった権力者たちが雇われた牧者である。
狼が来るのを見て、雇われた牧者たちが羊の群れを置き去りにして逃げて行くと言われたが、この狼は誰だろうか?イエス様は、バプテスマのヨハネの日以来、天国は激しく攻められていると言われた(マタ11:12)。この天国は、地上の選民を指して言われた御言葉である(創37:9~11参考)。この天国に侵入した者が「狼」という牧者であり、マタイの福音書23章の律法学者とパリサイ人たちである。そして、飲み込まれた者たちは聖殿の選民たちであった。バプテスマのヨハネと一つになった牧者たちは、狼、すなわち、偽りの牧者たちが侵入する時、羊の群れを置き去りにして逃げて行ったので、彼らを指して雇われた牧者と言われたのである。
しかし、イエス様は、良いまことの牧者で、ご自身の羊のためにいのちをかけて戦われたのである。これが羊のためにいのちを捨てられたイエス様の心情である。これはイエス様の初臨の時の事で、旧約の預言も律法も預言者もみんなバプテスマのヨハネの時までであり、肉的イスラエルの一つの時代が終わり、イエス様の時から新しい時代である天の福音の時代が到来したのであった(ルカ16:16)。
では、イエス様の再臨の時の雇われた牧者と狼とまことの牧者は誰だろうか?
イエス様から道を備えるともしびの働きとして遣わされた者がいる(啓1:12~20)。それは天の幕屋聖殿の七つの星の使者である。この道を備えるともしびの幕屋に狼、すなわち、サタンの牧者が侵入して(啓13章)、この時、 羊の群れを置き去りにした七人の使者たちは、それぞれ逃げて行った。彼らが逃げて行ったのは、雇われた牧者だったからである。羊の群れは狼のような野の獣に飲み込まれた。この時、太陽・月・星を着た女(霊的イスラエル)から産まれた子と彼の兄弟たちが聖殿に侵入した狼、すなわち、竜の群れ獣といのちをかけて戦って勝利を得たので、ついに神様の御国と救いがあるようになった(啓12章)。この女が産んだ子である勝利者が再臨の時の約束の牧者であり、まことの牧者である(啓12:5章)。これは、初臨の時、バプテスマのヨハネの祭壇が攻められた後、まことの牧者イエス様が羊のためにいのちをかけて戦った事と同じ様子である。
初臨の時も再臨の時も、勝利を得た事によって救いと神様の御国があるようになる。初臨の時のバプテスマのヨハネ以後始まったイエス様の霊的イスラエルは、イエス様の新約の約束通り(マタ24:20~31参考)、道を備えるともしびの働きを行った七つの星の使者の時までで、預言も預言者も先天の世界も啓6章で全部終わり、啓7章で後天の世界である霊的新しいイスラエル12支派が創造される。
再臨のこの国は、イエス様の血で贖われたもので(啓5:9~10、7:9~14)、約束された12支派である。6千年の神様の働きは、これで幕を下ろし、約束された安息が(ヘブ4:4~9)が訪れるようになる。
使徒パウロが「働いている牛に、くつこを掛けてはいけない」と言った(Ⅰコリ9:9~10)。働く者に働く事ができるように食べさせてあげる事は良い事であるが、賃金のために働いたり、働く者に賃金を与える行為があってはいけない。私たちは雇われたのではなく、神様の働きをする天の牛(天牛)である。使命者と聖徒は、自分の罪の身代わりとなって亡くなられたイエス様の恵に感謝する心で奉仕する者になろう。
聖徒は、今日の雇われた牧者と狼とまことの牧者を、聖書とその現れた実体で区分して、約束されたまことの牧者を探して出会うことによって約束された救いがあるようになる。約束された救いの国である新天地に来る道は、狭く険しく、見い出す者が少ないが、救いはただこの道だけである。永遠のいのちと天国を手に入れるためには力を尽くして探して行かなければならない。ここに神様もイエス様も天国も永遠のいのちもある。