「永遠の0(ゼロ)」 百田 尚樹 著
つい先日。全国の書店員が選ぶ、今一番売りたい本。
「本屋大賞」が決定した。
この本の著者である、百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」である。
その、ニュースを見た時、「舟を編む」の感想でも書いたのだが、同じことが起こった。
「あ、この人の本。持ってるかも。」かくして、本棚を漁り「3月のライオン」という漫画の陰から
ひょっこり出てきたのが、この「永遠の0(ゼロ)」だった。
まったく、書店のカバーというものは全て一緒だから見分けにくい事この上ない。
1冊、1冊本のページをめくる煩わしさ。文庫版で買ったから、尚更のこと見分けがつかない。
でも、比較的に早い段階で見つけられたのは、この本の厚みのお蔭に違いない。
この本を買ったのも、厚かったから。と、いう理由が多分にある。私は厚みのある本が
好きだ。1つのテーマをこれだけ深く、掘り下げて書いているから読みごたえのある物が
多い。通勤電車の中で読むのだから、軽くて薄い本が良いに決まっているが、なぜか
厚い本を選んでしまう。薄い本だとすぐ、読み終えてしまって、結局また買う事になるから。
厚い本なら、途中で終わることはあまりない。
そういう経緯で私と出会った本だった。
結果からいうと、出会って良かった本だった。
そして、本当に読んで良かったと、心から思う。そして、この本の作者にお礼が言いたい。
こんなに、解りやすく大平洋戦争を書いてくれて。と。
そう、この本は太平洋戦争以前の日本から敗戦、そして現代を結ぶ本だった。
「永遠の0(ゼロ)」の「0」はその当時、世界随一と謳われた戦闘機「ゼロ戦」の「ゼロ」
だったのだ。
物語は現代を生きる26歳フリーターの健太郎とその姉慶子が、軸になって進む。
6年前の祖母の死をきっかけに、2人は祖父から「お前たちの本当の祖父は宮部久蔵」
と、いう人だと突然告げられることから、自分たちの本当の祖父とはどんな人だったのかを
調べることになる。突然の告白にその事実を半ば、受け止めきれていなかった2人だ。
今の祖父と祖母はとても仲が良かったし、自分達も可愛がってもらった。なさぬ仲の母とも
非常に仲が良く、血のつながりがなかったとは考えても見なかったのだから、無理もない。
事実、2人の母が「本当の父親とはどんな人だったかを知りたい。」と。口に出さなければ、調べることにはならなかった。なんといわれても、今の祖父が自分達の祖父である。
その思いは揺るがなかった。だが、母にしてみれば自分の実の父親なわけだから、どういう人
だったかを知りたい。そう思うのもまた、仕方のない事である。
かくして2人、主に健太郎が中心となって顔も知らぬ祖父「宮部久蔵」の生きた軌跡を
追うことになっていくわけである。
かつての戦友を訪ねて話を聞いていくわけだが、その話の中で語られる太平洋戦争の
凄じさ。元兵士の口から語られる生きた言葉たち。私は衝撃に近かった。
自分の国の歴史なのに、私は何も知らなかった。広島、長崎に投下された原爆。
東京大空襲、沖縄本土決戦、神風特攻隊、人間魚雷、戦艦大和など単語は知っていても
実際にどういうことだったのか、どんなものだったのかは知らずにいた。
それは、健太郎や慶子にしても同じかもしれない。元戦友が語る話は実体験であって
私たちが歴史の教科書で学んだ知識では、計り知れない圧倒的な事実がそこにあったから
だ。世に言う、真珠湾攻撃もミッドウェー海戦も言葉でしか知らない。
そこに人が生き、死んでいったのに。
元戦友を訪ねると、健太郎たちは初めに行ったところで、祖父を「臆病者」呼ばわりをする
元戦友と出会う。その人は、元海軍少尉の肩書を持った老人であった。
戦後、何十年経った今でも、祖父への侮蔑が見て取れる言葉に、2人は絶句する。
この後、何人もの戦友と会うがみなそれぞれ、表現は違っても、宮部久蔵に対しての
思いは「命を惜しむ奴、絶対に死にたくない男」で一致していた。
元戦友たちが口をそろえて言う。
「我々は、国に命を捧げていた。国を守れるのなら、自分の命はどうなっても。」
と、いう思いだったと。そういう、教育を受け、そういう時代だったと。
その中にあって、しかも自ら志願して入隊した志願兵でありながら
戦場では人一倍見張りに気を使い、敵に備え、整備兵でさえ気づかないわずかな
戦闘機のエンジン不調も気づく位、助かる事、命を大切にすることに、半ば執念を 燃やして
いた宮部久蔵という人は確かに、蔑まれてしまうのかもしれない。
だが、物語を読み進むうちに、その真実の意味が浮かび上がる。
彼が如何に、恰好いい真の男だったか。決して、臆病者ではない真の勇者であったか。
見る者の心をとらえて離さない。最後には、「どうか、生き残ってくれ!」と、
願わずにはいられない生きざまに深く感動する。
読み終わった後も途中でも。私は、何と言ったらよいのか…。温かい涙が流れた。
悲しいのに、けれど深い愛に包まれている様な錯覚を覚えた。
私たちの現在は、理不尽に命を奪われていった名もなき愛に生きた人々の上に
出来上がっているんだと、改めて感じたからだったのだろうか。
今、現代は愛国心などは無くなり、逆に戦後の徹底された自国批判によって、日本人の
誇り、プライドがかき消されてしまった。家族の絆さえ危うい今日の世相にあっては
さもありなん。この物語は、そうした時代に波紋を起こす。とくに、若い世代の人達に
是非とも呼んでほしい1冊だと思う。
この本は、時代という運命と戦い、運命を凌駕すべく、必死に生きた男の愛の物語である。
つい先日。全国の書店員が選ぶ、今一番売りたい本。
「本屋大賞」が決定した。
この本の著者である、百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」である。
その、ニュースを見た時、「舟を編む」の感想でも書いたのだが、同じことが起こった。
「あ、この人の本。持ってるかも。」かくして、本棚を漁り「3月のライオン」という漫画の陰から
ひょっこり出てきたのが、この「永遠の0(ゼロ)」だった。
まったく、書店のカバーというものは全て一緒だから見分けにくい事この上ない。
1冊、1冊本のページをめくる煩わしさ。文庫版で買ったから、尚更のこと見分けがつかない。
でも、比較的に早い段階で見つけられたのは、この本の厚みのお蔭に違いない。
この本を買ったのも、厚かったから。と、いう理由が多分にある。私は厚みのある本が
好きだ。1つのテーマをこれだけ深く、掘り下げて書いているから読みごたえのある物が
多い。通勤電車の中で読むのだから、軽くて薄い本が良いに決まっているが、なぜか
厚い本を選んでしまう。薄い本だとすぐ、読み終えてしまって、結局また買う事になるから。
厚い本なら、途中で終わることはあまりない。
そういう経緯で私と出会った本だった。
結果からいうと、出会って良かった本だった。
そして、本当に読んで良かったと、心から思う。そして、この本の作者にお礼が言いたい。
こんなに、解りやすく大平洋戦争を書いてくれて。と。
そう、この本は太平洋戦争以前の日本から敗戦、そして現代を結ぶ本だった。
「永遠の0(ゼロ)」の「0」はその当時、世界随一と謳われた戦闘機「ゼロ戦」の「ゼロ」
だったのだ。
物語は現代を生きる26歳フリーターの健太郎とその姉慶子が、軸になって進む。
6年前の祖母の死をきっかけに、2人は祖父から「お前たちの本当の祖父は宮部久蔵」
と、いう人だと突然告げられることから、自分たちの本当の祖父とはどんな人だったのかを
調べることになる。突然の告白にその事実を半ば、受け止めきれていなかった2人だ。
今の祖父と祖母はとても仲が良かったし、自分達も可愛がってもらった。なさぬ仲の母とも
非常に仲が良く、血のつながりがなかったとは考えても見なかったのだから、無理もない。
事実、2人の母が「本当の父親とはどんな人だったかを知りたい。」と。口に出さなければ、調べることにはならなかった。なんといわれても、今の祖父が自分達の祖父である。
その思いは揺るがなかった。だが、母にしてみれば自分の実の父親なわけだから、どういう人
だったかを知りたい。そう思うのもまた、仕方のない事である。
かくして2人、主に健太郎が中心となって顔も知らぬ祖父「宮部久蔵」の生きた軌跡を
追うことになっていくわけである。
かつての戦友を訪ねて話を聞いていくわけだが、その話の中で語られる太平洋戦争の
凄じさ。元兵士の口から語られる生きた言葉たち。私は衝撃に近かった。
自分の国の歴史なのに、私は何も知らなかった。広島、長崎に投下された原爆。
東京大空襲、沖縄本土決戦、神風特攻隊、人間魚雷、戦艦大和など単語は知っていても
実際にどういうことだったのか、どんなものだったのかは知らずにいた。
それは、健太郎や慶子にしても同じかもしれない。元戦友が語る話は実体験であって
私たちが歴史の教科書で学んだ知識では、計り知れない圧倒的な事実がそこにあったから
だ。世に言う、真珠湾攻撃もミッドウェー海戦も言葉でしか知らない。
そこに人が生き、死んでいったのに。
元戦友を訪ねると、健太郎たちは初めに行ったところで、祖父を「臆病者」呼ばわりをする
元戦友と出会う。その人は、元海軍少尉の肩書を持った老人であった。
戦後、何十年経った今でも、祖父への侮蔑が見て取れる言葉に、2人は絶句する。
この後、何人もの戦友と会うがみなそれぞれ、表現は違っても、宮部久蔵に対しての
思いは「命を惜しむ奴、絶対に死にたくない男」で一致していた。
元戦友たちが口をそろえて言う。
「我々は、国に命を捧げていた。国を守れるのなら、自分の命はどうなっても。」
と、いう思いだったと。そういう、教育を受け、そういう時代だったと。
その中にあって、しかも自ら志願して入隊した志願兵でありながら
戦場では人一倍見張りに気を使い、敵に備え、整備兵でさえ気づかないわずかな
戦闘機のエンジン不調も気づく位、助かる事、命を大切にすることに、半ば執念を 燃やして
いた宮部久蔵という人は確かに、蔑まれてしまうのかもしれない。
だが、物語を読み進むうちに、その真実の意味が浮かび上がる。
彼が如何に、恰好いい真の男だったか。決して、臆病者ではない真の勇者であったか。
見る者の心をとらえて離さない。最後には、「どうか、生き残ってくれ!」と、
願わずにはいられない生きざまに深く感動する。
読み終わった後も途中でも。私は、何と言ったらよいのか…。温かい涙が流れた。
悲しいのに、けれど深い愛に包まれている様な錯覚を覚えた。
私たちの現在は、理不尽に命を奪われていった名もなき愛に生きた人々の上に
出来上がっているんだと、改めて感じたからだったのだろうか。
今、現代は愛国心などは無くなり、逆に戦後の徹底された自国批判によって、日本人の
誇り、プライドがかき消されてしまった。家族の絆さえ危うい今日の世相にあっては
さもありなん。この物語は、そうした時代に波紋を起こす。とくに、若い世代の人達に
是非とも呼んでほしい1冊だと思う。
この本は、時代という運命と戦い、運命を凌駕すべく、必死に生きた男の愛の物語である。
