2008年 米公開 クリントイーストウッド監督・主演作です。
題名にもなっている「グラントリノ」はアメリカの自動車会社フォード社の
車種名である。私は車には、乗せていただくのが専門で運転にも車種にも
全くと言っていいほど、興味がない。もっと、色気のない言い方をすれば、
「走って、止まれば」それでいい。
映画の中では、この車は72年製のグラントリノ。この車の持ち主が
主人公である。2008年公開の映画なので、その当時で36年前のモデルになる。
ここから先は、ネタバレします。
その持ち主、ウォルト・コワルスキーはポーランド系アメリカ人。朝鮮戦争に従軍した後は
50年、このフォード社で自動車工として働き、今は引退した老人。
敬虔なキリスト教信者だった妻は先に旅立ち、2人の息子、孫たちとは
折り合いが悪く、疎遠。ウォルトとラブラドールのデイジーとさみしく暮らしていた。
でも、それでさみしくなんかない。子供や孫なんて、煩わしい事ばかり言い、
訳のわからないことばかり喚いて帰るだけ。一人の方が楽だ。
そう言わんばかりに、人を寄せ付けない。白人主義で口も悪く、険悪なムードを
作り上げる天才である。頑固で偏屈。人の言うことに絶対、耳を貸さない。
そんな、孤独な老人を圧倒的な存在感でイーストウッドが演じている。
そんなウォルトを心配していた妻は通っていた教会の神父に、くれぐれも。と、
夫の事を頼んでいく。「懺悔をさせてください。」と。
そういう風にして淡々と生きてきたウォルトだったが、ある日隣にベトナムの
モン族の一家が引っ越してくる。男手はなく、老婆と娘、その子供2人。
姉のスー、弟のタオ 。スーは明るく、物怖じしない性格。タオは気弱で内気な性格。
この2人の姉弟が、物語に大きく絡んでくる。
モン族というのを聞いてことがなかったので、調べてみると。
ベトナムの少数民族でベトナム戦争当時、アメリカが高い報酬でモン族を雇い
モン族の特殊部隊を作り、アメリカ軍の先兵として戦わせた。当然、ベトナム側には
同じ民族の者もいる。同族で敵と味方に分かれ、戦うことになった民族。
アメリカが負けてしまったため、敵方の先兵として戦ったモン族はベトナムを追われ
難民となり、やがて世界中に散らばる。アメリカもそのひとつのようだ。
そのこともあるのか、人種差別主義のウォルトにとっては隣でホームパーティーなどを開かれるだけで迷惑とばかりに、いい顔をしない。
そんなある日、黒人の不良グループに絡まれたスーをウォルトが、偶然助ける。
人懐こく、明るいスーはウォルトに怯むことなく、むしろ積極的に自宅に招いたり、
する。そんな中、タオは従兄のギャンググループに入るように誘われる。入りたくないタオだったが、強引に誘われ拒めずに入る事になってしまう。気乗りしないタオにグループに入るための試験を言い渡す、従兄達。それは、隣にすむ頑固じじぃの
ウォルトの誇り「グラントリノ」を盗み出す事。その夜、実行犯としてガレージに忍びこんだタオだったが、ウォルトに気付かれ、銃口を向けられて一目散に逃げ出してしまう。尻尾を巻いて逃げてきタオに、ギャング達は容赦なく、罵る。傍目には襲われているかのようだ。
そこへ、犯人を追ってきたウォルトがやって来て、タオを助ける。
2度に渡り、助けてもらった事で、モン族にとっての大恩人となってしまったウォルト。
毎日のお礼と称する品物の数々で、玄関のポーチは埋もれていく。
煩わしいと思いながらも、モン族の義理に厚い習慣に合わせるウォルトだった。
すこしづつ、距離が縮み始めて行くに従い罪悪感に苛まれるタオ。
ある日、とうとう「グラントリノ」を盗もうとしたことを告白する。
そのお詫びにとウォルトを手伝うように、スーや母親から強引に言われしぶしぶウォルトの下を訪ねるタオ。ウォルトも女達に強引に言われ、こちらもしぶしぶ面倒を見る事になる。
ここら辺りから、明らかにウォルトの態度が軟化してくる。人を寄せ付けず、妻から生前頼まれていたと言い、教会に懺悔に来るよう、根気よく促す神父にさえ愛想のないウォルトだったが次第に人と接する事を避けなくなる。タオの面倒を見ているうちに、世代、人種を超えた
友情を結ぶようになる2人。伝統に従い、生きていくモン族の姿に自分を重ねたのではないか。昔気質に生きているだけなのに、偏屈、頑固者と言われ古き良きアメリカを捨てきれないウォルト。モン族の伝統や習わしは、モン族を嫌っていた彼の心に、親近感を芽生えさせていたように
感じる。それからのウォルトは、心の壁を取り払い、周りの人々とも少しづつ打ち解けはじめる。
明るい希望が射しはじめていた矢先、事件が起こる。
タオはウォルトから紹介された仕事を頑張って、勤めていた。
仕事に必要な道具は、ウォルトが貸してくれる。何もかもが順風に思えたその時、
「グラントリノ」の盗みに失敗してから、なりを潜めていたギャング達にタオは捕まり
おとしまえと称した暴行をされ、顔にたばこの火を付けられる。
それを見た、ウォルトは一人でギャング達のアジトに向かい、ギャングの一人を捕まえて
銃口を突き付け、「これ以上、構うな。」と、忠告をして帰ってくる。
だが、それで怯むどころか、返って火に油を注いでしまった。
しばらくして、隣のタオの家が銃撃される。家の中に居る者たちは、奇跡的に無事だったが
叔母の家に行くと言って外出していた姉のスーがギャング達によって、ひどい暴行を
受けて帰ってくる。それを見たウォルトは自分が考えなしに、ギャング達を襲ったせいで
ますます、ひどい状況を生んでしまったことを悔やむ。そんなウォルトにタオはともに復讐
することを促すが、ウォルトは自分に考えがある。といって、タオを落ち着かせる。
そして、四時にもう一度、自分の家を訪れるように言う。準備をしておくからと。
ウォルトには先がなかった。彼は恐らく、胃がんか肺がんだったのだろう。
一度目の喀血はスーに呼ばれて初めてモン族の、ホームパーティーに招かれた時。
その後、医者にかかっているが詳しい病状は映画ではシーンがない。
二度目はタオがお詫びでウォルトの手伝いをしていた時、その時はタオに見られ
病院に行くように。と、強く勧められている。そんな、彼がギャング達に復讐すと誓う際に
一言つぶやく。「あいつらが生きている限り、この子たちは幸せになれない。」と。
ウォルトはその日、長年の付き合いだった床屋により、初めてひげを当ててもらい
仕立て屋に行き、新しいスーツを買い、家路につく。しばらくすると、タオが約束の時間
だと言って、訪ねてくる。ウォルトは武器ともう一つ、朝鮮戦争で彼がもらった勲章を
タオにあげる。これを胸にともに戦おう。と。初めて見る勲章を見つめていたタオのスキを
つく様にウォルトは地下室のドアを閉め、タオを閉じ込めた。
「なんで、こんなことをする!」と、叫ぶタオにウォルトはこう告げる。
「人間、最後まで引きづるのは、なんだと思う?最後まで引きづられるのは、命じられて
したことじゃない。俺は自分で、人を殺した。丁度、お前くらいの少年だった。」と、言葉少なに
語り、出ていく。
ギャングのアジトに着いてから、ウォルトは大声でギャング達を呼ぶ。
夜の大音量に、付近の住民も何事かと見ている。
復讐に来たと悟ったギャング達は手に手に銃を持ち、応戦する構えだ。
老人一人に何人もが銃を持って出てくる。と、いうのが面白い。ギャング達も本当は
腰の座ってない証拠なのだろうが、ウォルトもただの老人ではないと、いう事なのだろう。
ウォルトは胸ポケットから、たばこを出しおもむろにたばこを加える。ウォルトが銃を構えるのが
今か今かと、ビビッているギャング達は焦っている。ウォルトが二度目、胸ポケットに手を入れた。しばし、時間が止まる。ウォルトの胸ポケットから手が出るのが早いか、ギャング達の銃が
火を吹くのが早いか。瞬間、ギャング達の銃がウォルトの体を襲い、蜂の巣のようになる。
後ろに大の字に倒れるウォルト。その手には、銃でなく愛用の第一騎兵師団のZIPPOだった。
付近の住民たちをわざと、大声でお越し自分を射殺する姿を見せて、大勢の証人を作って
自らの最後を決めたウォルト。そうまでして、彼らの幸せを願い人生の幕を閉じたウォルト。
ウォルトは朝鮮戦争に従軍した時に犯した自らの罪をずっと心に引きづって生きていた。
殺すか殺されるかの世界では仕方がなかったこともあるのかもしれないが、長く心の中に
あったに違いない。妻はそれを知っていて、彼に懺悔をさせたかったのだろう。
ウォルトが拒んでいた教会へも最後に懺悔しに行くが、取るに足らない懺悔の内容だった。
彼は懺悔の仕方は自分で決めていたのではないかと思う。
自分が殺した歳の頃同じくらいのアジア人の少年、タオという少年に出会ってから。
そして、自分がこの先長くはないと分かってから。自分なりの懺悔をしなければならないと。
考えていたのは復讐の方法ではなく、自分の懺悔とあの子たちの幸せの方法だ。
衝撃のラストでした。涙が止まらなかったです。あらすじに私なりの解釈がありますので
主観的かもしれません。色んな解釈ができる映画だと思います。
一度、見てみてください。
題名にもなっている「グラントリノ」はアメリカの自動車会社フォード社の
車種名である。私は車には、乗せていただくのが専門で運転にも車種にも
全くと言っていいほど、興味がない。もっと、色気のない言い方をすれば、
「走って、止まれば」それでいい。
映画の中では、この車は72年製のグラントリノ。この車の持ち主が
主人公である。2008年公開の映画なので、その当時で36年前のモデルになる。
ここから先は、ネタバレします。
その持ち主、ウォルト・コワルスキーはポーランド系アメリカ人。朝鮮戦争に従軍した後は
50年、このフォード社で自動車工として働き、今は引退した老人。
敬虔なキリスト教信者だった妻は先に旅立ち、2人の息子、孫たちとは
折り合いが悪く、疎遠。ウォルトとラブラドールのデイジーとさみしく暮らしていた。
でも、それでさみしくなんかない。子供や孫なんて、煩わしい事ばかり言い、
訳のわからないことばかり喚いて帰るだけ。一人の方が楽だ。
そう言わんばかりに、人を寄せ付けない。白人主義で口も悪く、険悪なムードを
作り上げる天才である。頑固で偏屈。人の言うことに絶対、耳を貸さない。
そんな、孤独な老人を圧倒的な存在感でイーストウッドが演じている。
そんなウォルトを心配していた妻は通っていた教会の神父に、くれぐれも。と、
夫の事を頼んでいく。「懺悔をさせてください。」と。
そういう風にして淡々と生きてきたウォルトだったが、ある日隣にベトナムの
モン族の一家が引っ越してくる。男手はなく、老婆と娘、その子供2人。
姉のスー、弟のタオ 。スーは明るく、物怖じしない性格。タオは気弱で内気な性格。
この2人の姉弟が、物語に大きく絡んでくる。
モン族というのを聞いてことがなかったので、調べてみると。
ベトナムの少数民族でベトナム戦争当時、アメリカが高い報酬でモン族を雇い
モン族の特殊部隊を作り、アメリカ軍の先兵として戦わせた。当然、ベトナム側には
同じ民族の者もいる。同族で敵と味方に分かれ、戦うことになった民族。
アメリカが負けてしまったため、敵方の先兵として戦ったモン族はベトナムを追われ
難民となり、やがて世界中に散らばる。アメリカもそのひとつのようだ。
そのこともあるのか、人種差別主義のウォルトにとっては隣でホームパーティーなどを開かれるだけで迷惑とばかりに、いい顔をしない。
そんなある日、黒人の不良グループに絡まれたスーをウォルトが、偶然助ける。
人懐こく、明るいスーはウォルトに怯むことなく、むしろ積極的に自宅に招いたり、
する。そんな中、タオは従兄のギャンググループに入るように誘われる。入りたくないタオだったが、強引に誘われ拒めずに入る事になってしまう。気乗りしないタオにグループに入るための試験を言い渡す、従兄達。それは、隣にすむ頑固じじぃの
ウォルトの誇り「グラントリノ」を盗み出す事。その夜、実行犯としてガレージに忍びこんだタオだったが、ウォルトに気付かれ、銃口を向けられて一目散に逃げ出してしまう。尻尾を巻いて逃げてきタオに、ギャング達は容赦なく、罵る。傍目には襲われているかのようだ。
そこへ、犯人を追ってきたウォルトがやって来て、タオを助ける。
2度に渡り、助けてもらった事で、モン族にとっての大恩人となってしまったウォルト。
毎日のお礼と称する品物の数々で、玄関のポーチは埋もれていく。
煩わしいと思いながらも、モン族の義理に厚い習慣に合わせるウォルトだった。
すこしづつ、距離が縮み始めて行くに従い罪悪感に苛まれるタオ。
ある日、とうとう「グラントリノ」を盗もうとしたことを告白する。
そのお詫びにとウォルトを手伝うように、スーや母親から強引に言われしぶしぶウォルトの下を訪ねるタオ。ウォルトも女達に強引に言われ、こちらもしぶしぶ面倒を見る事になる。
ここら辺りから、明らかにウォルトの態度が軟化してくる。人を寄せ付けず、妻から生前頼まれていたと言い、教会に懺悔に来るよう、根気よく促す神父にさえ愛想のないウォルトだったが次第に人と接する事を避けなくなる。タオの面倒を見ているうちに、世代、人種を超えた
友情を結ぶようになる2人。伝統に従い、生きていくモン族の姿に自分を重ねたのではないか。昔気質に生きているだけなのに、偏屈、頑固者と言われ古き良きアメリカを捨てきれないウォルト。モン族の伝統や習わしは、モン族を嫌っていた彼の心に、親近感を芽生えさせていたように
感じる。それからのウォルトは、心の壁を取り払い、周りの人々とも少しづつ打ち解けはじめる。
明るい希望が射しはじめていた矢先、事件が起こる。
タオはウォルトから紹介された仕事を頑張って、勤めていた。
仕事に必要な道具は、ウォルトが貸してくれる。何もかもが順風に思えたその時、
「グラントリノ」の盗みに失敗してから、なりを潜めていたギャング達にタオは捕まり
おとしまえと称した暴行をされ、顔にたばこの火を付けられる。
それを見た、ウォルトは一人でギャング達のアジトに向かい、ギャングの一人を捕まえて
銃口を突き付け、「これ以上、構うな。」と、忠告をして帰ってくる。
だが、それで怯むどころか、返って火に油を注いでしまった。
しばらくして、隣のタオの家が銃撃される。家の中に居る者たちは、奇跡的に無事だったが
叔母の家に行くと言って外出していた姉のスーがギャング達によって、ひどい暴行を
受けて帰ってくる。それを見たウォルトは自分が考えなしに、ギャング達を襲ったせいで
ますます、ひどい状況を生んでしまったことを悔やむ。そんなウォルトにタオはともに復讐
することを促すが、ウォルトは自分に考えがある。といって、タオを落ち着かせる。
そして、四時にもう一度、自分の家を訪れるように言う。準備をしておくからと。
ウォルトには先がなかった。彼は恐らく、胃がんか肺がんだったのだろう。
一度目の喀血はスーに呼ばれて初めてモン族の、ホームパーティーに招かれた時。
その後、医者にかかっているが詳しい病状は映画ではシーンがない。
二度目はタオがお詫びでウォルトの手伝いをしていた時、その時はタオに見られ
病院に行くように。と、強く勧められている。そんな、彼がギャング達に復讐すと誓う際に
一言つぶやく。「あいつらが生きている限り、この子たちは幸せになれない。」と。
ウォルトはその日、長年の付き合いだった床屋により、初めてひげを当ててもらい
仕立て屋に行き、新しいスーツを買い、家路につく。しばらくすると、タオが約束の時間
だと言って、訪ねてくる。ウォルトは武器ともう一つ、朝鮮戦争で彼がもらった勲章を
タオにあげる。これを胸にともに戦おう。と。初めて見る勲章を見つめていたタオのスキを
つく様にウォルトは地下室のドアを閉め、タオを閉じ込めた。
「なんで、こんなことをする!」と、叫ぶタオにウォルトはこう告げる。
「人間、最後まで引きづるのは、なんだと思う?最後まで引きづられるのは、命じられて
したことじゃない。俺は自分で、人を殺した。丁度、お前くらいの少年だった。」と、言葉少なに
語り、出ていく。
ギャングのアジトに着いてから、ウォルトは大声でギャング達を呼ぶ。
夜の大音量に、付近の住民も何事かと見ている。
復讐に来たと悟ったギャング達は手に手に銃を持ち、応戦する構えだ。
老人一人に何人もが銃を持って出てくる。と、いうのが面白い。ギャング達も本当は
腰の座ってない証拠なのだろうが、ウォルトもただの老人ではないと、いう事なのだろう。
ウォルトは胸ポケットから、たばこを出しおもむろにたばこを加える。ウォルトが銃を構えるのが
今か今かと、ビビッているギャング達は焦っている。ウォルトが二度目、胸ポケットに手を入れた。しばし、時間が止まる。ウォルトの胸ポケットから手が出るのが早いか、ギャング達の銃が
火を吹くのが早いか。瞬間、ギャング達の銃がウォルトの体を襲い、蜂の巣のようになる。
後ろに大の字に倒れるウォルト。その手には、銃でなく愛用の第一騎兵師団のZIPPOだった。
付近の住民たちをわざと、大声でお越し自分を射殺する姿を見せて、大勢の証人を作って
自らの最後を決めたウォルト。そうまでして、彼らの幸せを願い人生の幕を閉じたウォルト。
ウォルトは朝鮮戦争に従軍した時に犯した自らの罪をずっと心に引きづって生きていた。
殺すか殺されるかの世界では仕方がなかったこともあるのかもしれないが、長く心の中に
あったに違いない。妻はそれを知っていて、彼に懺悔をさせたかったのだろう。
ウォルトが拒んでいた教会へも最後に懺悔しに行くが、取るに足らない懺悔の内容だった。
彼は懺悔の仕方は自分で決めていたのではないかと思う。
自分が殺した歳の頃同じくらいのアジア人の少年、タオという少年に出会ってから。
そして、自分がこの先長くはないと分かってから。自分なりの懺悔をしなければならないと。
考えていたのは復讐の方法ではなく、自分の懺悔とあの子たちの幸せの方法だ。
衝撃のラストでした。涙が止まらなかったです。あらすじに私なりの解釈がありますので
主観的かもしれません。色んな解釈ができる映画だと思います。
一度、見てみてください。
