ピダハンの世界⑻

 

 今回は、ピダハンが死に対してどのような考えや態度を取っているのかを見ていくことにする。

 

① まず、エヴェレットの妻ケレンと娘シャノンがマラリアに感染し、死に瀕していたときのことである。ピダハンは二人をただ見守るだけで、積極的な介入はしなかった。もし私たちが同じ立場にあったら、二人を助けずに見過ごすことができただろうか。

 

② エヴェレットの前任者であるスティーブ・シェルドンの報告によれば、ピダハンの女性の最も一般的な出産方法は、女性が一人で(ときには親族の女性とともに)川に腰まで入り、しゃがんで出産するというものである。ある日、逆子のために一人で出産していた女性が、「助けて、お願い! 赤ん坊が出てこない! 死んじゃう! 痛い! 赤ん坊が出てこない!」と助けを求めたが、ピダハンの誰も応じなかった。スティーブは彼女を助けようとしたが、ピダハンに止められ、結局その女性と赤ん坊は誰にも助けられないまま亡くなった。私たちが同じ立場にあれば、この妊婦を助けずにいられただろうか。

 

③ 若い母親ポコーは元気な女児を出産したが、その後病気で亡くなった。赤ん坊は生きていたものの、母乳を与えられないため危険な状態にあった。他の母親たちはこの赤ん坊に乳を与えることを拒んだため、エヴェレットは哺乳瓶で粉ミルクを与え、必死に介抱した。三日間ほとんど眠らずに看護した結果、赤ん坊は回復の兆しを見せたため、エヴェレットは赤ん坊の父親に戻るまで見ていてくれるよう頼み、ジョギングに出かけた。しかしジョギングから戻ると、赤ん坊は地面に横たわり、既に亡くなっていた。ピダハンは赤ん坊の喉にカシャッサ(蒸留酒)を流し込み、死を確定させた。彼らがそうした理由は三つある。第一に、赤ん坊は既に死の瀬戸際にあり、ある程度までやせ衰えると生き延びられないと信じていたこと。第二に、他の母親が自分の子を飢えさせてまで他人の子に乳を与えることはないと考えていたこと。第三に、エヴェレットたちが与える「薬」がこれらの条件を覆すほどの効果を持つとは信じていなかったことである。彼らは、エヴェレットがミルクを与え続けることは赤ん坊の苦しみを長引かせるだけだと考えたのである。

ここで重要なのは、私たちの医療ではこの赤ん坊が助かる可能性があるかもしれないという点ではなく、死を運命として受け入れる彼らの姿勢である。エヴェレットは当初この出来事に大きなショックを受けたが、考えを重ねるうちに、ピダハンは彼らの視点から見て「最善」と考えた行為をしたのだと理解するようになった。彼らは残酷でも無神経でもなく、生と死や病に対する考え方が西洋的なそれと根本的に異なるだけだとエヴェレットは悟ったのである。

 

④ 死を目前にしたカボクロは「人は死ぬ時が来れば誰でも死ぬ。だから医者でさえ別の医者の腕の中で死ぬ。医者は死を支配できないのだ」と語った。ピダハンは死をコントロールできない運命として受け入れていると言える。私たちは少しでも延命することを良しとし、医学の進歩に不老不死の実現を期待する傾向がある。そうした価値観の下で、カボクロのような死を運命として受け入れる覚悟を理解することは容易ではないだろう。