SF映画などにはタイムマシンが頻繁に登場する。このタイムマシンで過去や未来に旅することが可能となるということだが、このタイムトラベル(タイムスリップ)がよく映画やドラマやアニメなどの題材になるのは、人間の想像力を掻き立てる力が絶大だからだろう。そのため将来タイムマシンが本当に発明されると信じる人は少なくない。また、相対性理論を理由に、理論的には可能であると言う科学者もいる。しかし、本当だろうか。今回はタイムトラベルの可能性について考えてみたいと思う。
まず、時間移動する主体がこの移動を意識している場合をタイムトラベル、時間移動する主体がこの移動を意識していない場合をタイムスリップと定義し、我々は前者のみをここで取り上げることにする。なぜならタイムマシンが意図するのは意識的な時間移動であり、無意識な時間移動は意味をなさないからである。以上を前提として、思考実験によってタイムトラベルの実現可能性を探っていくことにする。
タイムトラベルが実現可能だという前提に基づき、タイムトラベル出発時刻(現在時刻)を2312年12月12日の12時ちょうどとする。1年後へタイムトラベルすると仮定すると、1年後の未来は2313年の12月12日の12時ちょうどとなり、タイムトラベル成功と言えるだろう。また、タイムトラベル先を「1か月後、1時間後、1分後、…」という具合に、現在時刻に近づけていくとする。そして最終的に、タイムトラベルにかかる所要時間をαとして、α後の未来をタイムトラベル先にする。すると、タイムトラベル後の時刻はタイムトラベル出発時の時刻と同時刻となる。
この場合、我々は「α後の未来へタイムトラベルとした。」とみなされるのだろうか。もしこれがタイムトラベルだとみなされるのなら、我々は絶えず未来へタイムトラベルしていることになるだろう。そしてまた、もしこれがタイムトラベルとみなされないのなら、1分と1時間と1か月と1年の間には質的な差異がないのと同様、これらとαの間にも質的差異がない以上、1分後や1時間後や1か月後や1年後の未来へのトラベルもタイムトラベルとはみなされないというパラドックスに陥ることになるだろう。
解決方法は、タイムトラベルが実現可能だという前提を放棄するか、論理的思考を放棄することになるのではないだろうか。
