吉本新喜劇の特徴は、相手の身体的特徴を揶揄することで笑いを生み出す点にある。これは「ルッキズムの笑い」と呼べるものだが、「ハゲ」、「チビ」、「不細工」などといったネガティブな言葉を使用して、一般的にマイナスイメージの強い個人的特徴(主に身体的特徴)を攻撃するものであり、日常生活ではトラブルや人権問題に発展する可能性のあるネガティブな笑いである。それにもかかわらず、吉本新喜劇の観客はこれを喜劇の一部として楽しんでいるが、それはなぜなのか。

 もちろん、多くの観客は日常生活では他人に対して攻撃的な発言を避けるため、これは非日常空間でのみ許容される笑いとして観ている。ということは、裏を返すと、日常では許されない行為が芝居という非日常空間では初めて許されるということである。もちろん、観客自らルッキズムを実行して暴言を吐くわけではないにしても、ルッキズムの笑いに共鳴することを通じて暴言に共感するということが実現しているのである。

 ではなぜ観客は暴言に共感するのだろうか。それは、我々の多くが、さまざまな社会的抑圧を受ける日常からの解放を無意識に求めており、新喜劇の舞台を介してこの抑圧的日常から解放され、抑圧されていたネガティブな感情を発散する機会を得たいと思っているからではないだろうか。つまり、その根底にあるのは我々自らの無意識内に抑圧されたネガティブな感情であり、このネガティブな感情の解放を求めるがゆえに観客はルッキズムの笑いを追い求めるのである。

 新喜劇は、そのネガティブな感情を舞台空間で表現し、それは観客にとって懐かしい原風景のような感覚をもたらす。しかし、その感情の解放は一時的なものであり、通常、日常生活とは全く無関係である。観客はこの束の間の楽しみを通じて、日常性の呪縛から一時的に解放されるのである。束縛の過剰な我々の社会にとってルッキズムの笑いは重要な役目を果たしていると言える。