ベトナム人の特性⑴
ハノイのベトナム人と交流するようになって7か月が過ぎたが、たびたび日本人との様々な違いに気づかされる中、少なからぬベトナム人に共通している特性というものが徐々に見えてきたので、今後ベトナムを訪れる日本人にとってベトナム人を理解する一助となればと考え、ベトナム人という国民の特性をテーマにしようと思う。
ベトナムの空港に到着してまず感じる人も多いと思うが、日本人に比べて愛想のないベトナム人が多い。そもそも日本人と比較するのは無理なのだが、日本以外の多くの国と同様、ベトナム人も愛想が悪いのは言うまでもない。そして次に、多くのベトナム人の大人の顔の眉間には男女ともに深い縦皺が刻まれているということに気づく。どこかイライラしているような神経質そうな顔だ。そして、相手がベトナム語を話せない場合や片言のベトナム語が理解できないと感じた場合、彼らの多くはすぐ嫌そうな顔をする。つまり、ベトナム人は思っていることをすぐ顔に出す傾向があるようだ。日本人とは非常に異なる。
以前述べたように、私は路線バスをよく利用している。車掌が乗客から一人一人運賃を徴収するのだが、車掌は乗車してきた乗客にバスの座席等を無言で指示する。ほとんどの場合それは無言で行われる。手や指のみの合図である。運賃の支払い方法は、定期券等の乗車パスを見せたり、スマホのQRコードを見せたりする(読み取り機は一部のバスにしかない)以外は現金でチケットを購入することになるのだが、そこでのやり取りもまた終始無言である。とにかく「必要以上のことは一切しゃべらない!」というルールが支配している。
これは実はバスの中だけではない。これはベトナムでのありとあらゆる場面に共通しているようだ。暗黙の了解なのだろうか。他人と必要以上に関わらないように互いに配慮しているようにも思われる。個人的な人間関係が発生すると人格が180度変わることが多いのだが、そうでない場合は自分の周りの人間にほとんど関心がないようだ。日本人は「人」の目を気にする。つまり、自分の周りの不特定の他人を非常に意識する。それがベトナム人にはほとんど見られないのだ。もちろんベトナム人も他人の目を全く気にしないわけではない。むしろ中国人同様、面子を非常に大事にし、他人にどう見られるかを気にする。ある意味、非常にプライドが高い国民だとも言える。ただここで言う他人は自分と関係のある特定の他人であり、日本人の言う「人」、つまり不特定多数の他人ではない。つまり、自分と個人的に関係のある他人は意識するが、自分と無関係な他人はほとんど存在しないに等しいようだ。「人」の目をほとんど意識しないというライフスタイルは気楽でうらやましいと私は思うが…
