【なぜ肉食批判が受け入れられないのか】
<自動販売機にライトアップ>
日本はアメリカに次いで自動販売機の数が多いことで有名な国である。自動販売機では24時間商品を購入することが可能である。また、人と対面せずに購入することが可能なため、人件費もかからないが、電気代がかかる。『自動販売機JP』の’23.10.17の記事「自動販売機の1ヶ月の電気代はいくら?ランニングコストや負担者について解説」によると、1台当たりの1か月の電気代は、飲料用自販機で\1,000~3,000、冷凍食品用自販機で\7,000~8,500かかるそうだ。飲料用自販機は省エネ化され、かなり電気代が安くなってきているようだが、最近巷に登場してきた冷凍餃子や冷凍ラーメンなどの自販機にはかなりの電気代がかかっていると考えられる。自販機はCO2 の発生源として、我々の関心事であるSDGsの観点からは批判対象だと思われるが、「地球環境を守るために、できるだけ節電して二酸化炭素の排出量を減らすべきだ。」と喧伝されてはいるものの、自販機に対する批判はほとんど耳にしない。現在、経済的な理由で自販機台数は減少傾向にあるが、「自販機は地球環境に良くないので廃止すべきだ。」などという声はほとんど聞こえてこない。つまり、ヴィーガンはしばしば批判の対象となるのに対して、自販機が批判対象になることは稀である。
また、LEDの開発によって、電気消費量は従来の10分の1になったとは言うものの、SDGsを意識した「東京の表参道のクリスマスツリー」のイルミネーションや「神奈川の江の島」のイルミネーションに関するNHKの報道自体、イルミネーション自体がSDGsの観点からは問題があるということの裏返しであり、SDGsを真剣に考える立場に立つならイルミネーションは廃止されるべきものだと考えるのが筋である。しかし日本人の大半はこのようなイルミネーションに好意的である。
イルミネーションの最大の目的は経済効果である。4年ぶりに再開される神戸のルミナリエはとうとう有料化されたが、被災した神戸の経済復興のために始められたものであることは言うまでもない。神戸の経済復興自体に異議を唱えるわけではないが、経済優先の思想が地球環境を破壊していることを考えると、現在の我々の生活を優先して未来の子孫を犠牲にするというような考え方が是認されてよいはずがない。しかし、イルミネーションには好意的に評価される大きな理由がある。イルミネーションには人々を眩惑する効果がある。多くの人々がイルミネーションは美しいと感じる。しかし、それは本当の美しさではない。美しいと錯覚しているに過ぎないのではないだろうか。
プラネタリウムを例に考えてみよう。プラネタリウムでは星空やオーロラなどを観察することができる。美しいと感じるかもしれないが、それは偽物である。本物のオーロラは北極圏に行かなければ観察できないが、美しい星空は200年以上前であれば、世界中のいたるところで観察することが可能であった。世界中のすべての人々がプラネタリウムなしで美しい星空を眺めることができたのである。これこそが真に美しいイルミネーションではないだろうか。人工の光のために美しい自然のイルミネーションを奪われたにもかかわらず、多くの人々が人工の光を美しいと感じているのは倒錯に他ならないのではないだろうか。
