【なぜ肉食批判が受け入れられないのか】

 

<潜在意識活性化のメカニズム>

 

  前回のブログで、非ヴィーガンによるヴィーガン批判が成立するには、「殺生が不当行為であるという非ヴィーガンの無意識の中に潜在する罪の意識」と「この罪の意識を活性化するヴィーガニズム」の二つが前提となっていることが明らかとなった。したがって、我々は次に以下の2つのテーマについて考察していくこととなる。

 

テーマ①:「人間はいかにしてこの潜在意識を獲得するに至ったのか。」

テーマ②:「ヴィーガニズムはいかにしてこの潜在意識を活性化するのか。」

 

  そこでまず、テーマ②について考察する。このテーマを平易に表現すると、「ヴィーガニズムはどのようにして非ヴィーガンの潜在意識である罪の意識を目覚めさせるのか。」となる。これを考察するにあたり、まず次の例を引き合いに出してみたい。

 

  終戦以前、日本は勝利に向け、治安維持法や国家総動員法等を背景に、軍国主義の道をひたすら邁進した。日本国民は一丸となり、お国の為、天皇陛下の為に戦った。一部を除くほとんどの日本国民には軍国主義を批判することは不可能だった。反戦行為は体制批判であり、体制批判者は非国民として糾弾された。また、専制政治が行われている現在の中国やロシアや北朝鮮においても、同様に被支配者層の大半の国民に支配者層を批判することはほとんど不可能である。これは生命の危険を伴う非常に危険な行為である。

 一般の大多数は強大な権力を有している支配者層に従順であるのに対して、一方、強大な権力を有しない相手を批判することには躊躇しない。つまり、批判対象が批判者を危険に晒す可能性が低いことが批判行為が成立するための必要条件であると言える。

 この例から、ヴィ―ガンがしばしば批判対象となるのは、ヴィ―ガンが「強大な権力を有せず、批判者の立場を危険に晒す可能性が低いから」だということが分かるが、これは必要条件にすぎない。なぜなら、ヴィーガン同様「強大な権力を有せず、批判者の立場を危険に晒す可能性が低い」にもかかわらず、批判対象とならないケースが存在するからだ。次に自動販売機やイルミネーションによる観光名所のライトアップを例に、このケースについて考察していく。