<討論その6>
参加者:今井氏、田淵氏、平石氏(司会進行)
⑹12:21~15:49
平石「どうぞおっしゃりたいことがありましたらそうぞ。ちょと聞きましょうか、どうぞ。」
今井「あ、いやいやあのー、皆さんが想像しているように簡単に死なないんですよ。電気ショックを与えたり、ボルトガンを打ち込まれても、牛もしばらく生きてるんですね。」
平石「だから何ですか。簡単に死なないから何ですか、どうぞ。」
今井「だから、その事実が違う。」
平石「わかりました。だから何ですか。その上で簡単に死なないから何が問題なんですか。」
今井「事実を把握してないなーということがやっぱり…」
平石「事実はじゃあ何ですか。」
今井「あの簡単に死ぬものではなくて、で、あとはあの、今日持ってないんですけれどその動画は、 ネットで探せば必ず私は出せるんですけれども。」
平石「ごめん、それは別に見ておくべきだったっていう話ですか。動画は配信します。」
今井「あ、ちょっと待ってもらっていいですか。話聞いてもらっていいですか。」
平石「どうぞ。」
今井「えーっと、ボルトガンによって打たれて殺されるってことを牛は認識するんです、きちんと。で、前の牛がそういう目にあったら、その次の牛がそのボルトガンは恐ろしいものだってわかって、そこに置いてあるものを自分の鼻で除けるんですよ。その動画もあるし、あと殺されるとわかっているときに、牛たちが、もう 許しを請うようなあの、顔をしたりするんですね。で、あとは…。」
田淵「あ、それは主観の感想だという感じがするんですけど。」
今井「泣きます。あ、いやいや、牛は泣きます。」
平石「その上で何が問題なんですか。」
今井「なので…。」
田村「そういうのを見て…。」
今井「ありがとうございます。」
田村「僕たちに一番訴えたいところがどこなのかが、その現状を伝える作業はもう分かってるんで」
今井「ありがとうございます。」
田村「僕たちも事前に見ているので、だからどうしたいんですか。」
今井「はい、あの、えとー、嫌がっている怖がっている動物たちっていうのがいるってことはわかりますよね。みんな怖がります動物は。」
平石「命を奪われて食べられるから、それは嫌がるでしょうと。で、その上でおっしゃりたいことどうぞ。」
今井「そういう動物たちを追い回してでも殺したりする、それについて皆さんがどう考えるかっていうことを問いかけたいと思います。」
田村「僕、マサイ族の村に行って、ご飯を食べないといけないんで、その村の人たちと一緒に、ヤギを捕まえに行きました。で、そのときに、ヤギを窒息死させて、喉を切り裂いて、現地の人はその血を吸って、なんか栄養ドリンクみたいにするけど、僕は、あの、抵抗力 が弱いので、血を吸うようになって言われて、だけど肉は美味しくいただきました。で、そういった形で、もう、涙するし、苦しいのは分かってるけど、僕は動物を捕まえて、ありがたく命を いただいて、自分の命をこう長引かせる、生きていくっていう作業に入っ たので、これがどんな動物であれ、狩猟されるときには苦しい思いをするだろうな、と思っています。これは僕が、そうだ、誰かに食べられるときに、サメに食べられるときにもきっと苦しい思いするだろう。そこは理解してます。だからこそ、僕は手を合わせているんですけど、あの今回見せてもらったVTRってまあ、あるこう一つの種類の動物だったんですけど、これ僕のじいちゃん漁師だったんですけど、魚であってもなんであっても、当然苦しそうだなっていうのは僕は意識が働くんですけど、何が違うんですか。 魚と今回見せていただいた鶏。」
今井「違わないですね。私たちの感覚から言うと、犬とか猫を食べないのと同じように、やっぱり人間も食べないじゃないですか。」
田淵「犬は食べる文化はあります。」
今井「ありますけれども、日本人はそれほど食べませんよね。」
田淵「その多様性も尊重した方がいいと思いますよ。」
今井「あー、あのー。」
田淵「僕は食べないけど。」
【概 要】
①今井氏は、他の参加者の知らない畜産業の現状を説明する。
②田村氏は、討論その3の冒頭での境界線の発言を詳述する。
③田淵氏は、揚げ足を取る無意味な論点のすり替えを行う。
【問題点】
①「(動物は)皆さんが想像しているように簡単に死なない」とは、「動物は簡単に死なないということを自分以外の参加者は知らない」という意味であり、今井氏は「自分以外の参加者は事実を知らないということが問題である」と主張しているのだが、それに対して「事実はじゃあ何ですか。」という平石氏の質問は、平石氏が今井氏の発言を全く聞いていないということを証明している。
②「動画を配信します。」と平石氏は発言しているが、これは実際には実現されなかった仮定の話なので、平石氏のこの発言は、動画を見ている今井氏の知識の方が見ていない自分達の知識より優っているという事実を否定するために行った発言である。
③田淵氏の「それは主観の感想だという感じがする」という発言は、いわゆる「それってあなたの感想ですよね。」というはやりの煽り文句で、相手の主張をただ否定するために用いられる主張であるが、その主張が誤りであることを指摘し得ているわけではないし、また諸研究が田淵氏の主張と真逆の事実を報告している。
④司会者の平石氏の「命を奪われて食べられるから、それは嫌がるでしょうと。」という発言は、動物虐待の問題を動物の好悪のレベルの問題にすり替えようとしている。
⑤田村氏は、動物(ひよこ)虐待動画鑑賞の意図を今井氏に尋ねる一方、その動画についての感想を問う今井氏の問いは無視している。
⑥自然の中で生育し、偶然人間に捕食される魚に対して、生まれた時から死ぬまで、一生涯暗くて狭い不衛生な檻の中で殺されるために生きる鶏とは全く状況が異なるにもかかわらず、両者を同次元で考えようとする田村氏の問いは、現実認識を欠いた謬論である。それにもかかわらずヴィーガンの立場で今井氏は同意しているが、田村氏は鶏を殺して食べることは魚を取って食べることと同程度に問題視する必要のないことだと考えているのに対して、今井氏は魚を取って食べることも鶏を殺して食べることと同程度に問題視すべきことだと考えているので、両者の判断基準は真逆である。
【分 析】
①相手の主張を正しく理解する論理的思考が破綻しかけており、平石氏は冷静さを失っていると考えられる。
②動物虐待についての知識の有無という現実問題に非現実な仮定の話を持ち込む平石氏の論法は、議論において劣勢に立たされないようにするための自己防衛の手法であると同時に、現実と非現実の区別という論理的思考が困難になっていると考えられる。
③田淵氏のこの「ひろゆき」発言は、客観的な科学的諸研究結果を知らずに発せられた極めて主観的な発言であり、相手の主張の揚げ足を取ることのみを意図した非建設的主張である。
④人間に食べられる魚も鶏同様苦しむにもかかわらず、非ヴィーガンを攻撃するために今井氏は意図的に鶏の動画をとりあげたのだという田村氏の今井氏への反論は、魚と鶏が置かれている状況が全く異なるにもかかわらず、この差異を無視している謬論だが、それは今井氏の問いへの返答を回避し、議論に勝つことのみに田村氏が専心しているためであり、相手の主張を理解しようとする姿勢を完全に喪失していると言わざるを得ない。
