<討論その5>
参加者:今井氏、佐々木氏、平石氏(司会進行)
⑸9:25~12:14
佐々木「あのー、議論がねー。すごいなんか複層化してるというか、要するに、ヴィーガンの是非の話と表現の自由の問題は分離して考えないと、それはいけないと思うんですよ。僕はねヴィーガンの是非はそれはそれで議論し たらいいけども、表現の自由に関して、僕はこの運動に関して全く何の問題もないと 思っていて、別にじゃあそれがね、不快だから気に食わないとか言い出してしまったら、まあもちろんね、そのお店からね、営業妨害で訴えられて、それで何らか裁判なり、刑事になるって話なら別ですよ。そうならない限りは表現の自由ですよね。それは本当に萌え絵をね、あの駅のポスターとかで貼って、気に食わないとか不快だって怒ってる人とあんま変わらなくなっちゃうので、全然僕は自由にやっていいと思うんです。ただ、その前提の上で言うと、そのヴィーガンであるかどうかっていうのは個人の自由であり、その団体の自由だと思うんだけど、何だろう、絶対に他の価値観を否定してそれだけが善であるっていう風に言うのはちょっと行き過ぎであって、その考え方も尊重はするけれども、そうじゃない考え方もあるってことは尊重してほしいな、とは個人的には思いますよね。」
平石「あ、どうぞ。」
今井「皆さんがあの得てる知識と、私たちがずっと見てきている知識、例えば私は11年目に入ってるんですね。で、そういう知識と、やっぱり 差があると思うんですよ。で、この温度差とか…」
佐々木「自分の方がよく知っていると。」
今井「はい、それは事実だと思います。なぜなら一応ずっと活動してきているから、動画を見続けていて、で、あのヴィーガンでいる方法を多分ご存知ないはずなんですね、どうやってやるか…」
平石「わかりました。その上でおっしゃりたいことは何ですか。」
今井「なので、その是非を、ヴィーガンを、この押し付けと捉えたりされることがよくあるんですけれども、あの知識を得てから、あの、判断するべきだと思うんですね。なぜなら、あの、えっと、農場の様子とかも、あの、見てみないと分からなかったじゃないですか。」
平石「ちょっと、ごめんなさい。今回については、その動画を見た上で議論はしてるん ですけども、その上で、今日おっしゃられることって何ですか。」
今井「あれを見て皆さんがどういう感想を持たれたかとかは、ぜひ聞いてみたいんですよね。」
佐々木「あのー僕はしばらく狩猟のプロジェクトに参加したので、鹿とか鶏の解体はさんざんしましたので、あの動画に関しては、鶏の解体は普通に日本の農村でもああやってやってますね。実際には首を締めて引きちぎって、それで血を抜く。そこから湯につけて、羽をむしっていくってやり方なので、やっ てる方法は僕はあんま変わんないじゃないかと。」
平石「つまり、あの必要以上に虐待する必要ないはずなんです。要するに、食べるにあたっての作業の工程の中で、どういう形にしろ、命を奪わざるを得なくて、それをありがたくいただいているだけだという。」
佐々木「あのーいじめて苦しめて死なせるのはいけないってのは、もう畜産業界でも散々何十年も前から言われていて、だから例えば牛なんかに関して言うと、電気ショックでね、瞬時に死なせるってやり方ですよね。でー…。」
【概 要】
ヴィーガンの主張の表現方法がもたらす印象及びその原因である畜産業界の実態認識の差についての議論
【問題点】
①今井氏は、自分たちの方が知識・情報が豊富であると言うだけで、その十分な根拠を示していない。
②佐々木氏も平石氏も、自分が畜産業界の実態を十分認識していないことを理解せずに憶測で発言している。
【分 析】
他の価値観を否定するヴィーガンは独善的であると佐々木氏は主張するが、独善的であると判断する根拠説明がない。それは、ヴィーガンにも様々なタイプがあるにもかかわらず、十把一絡げの「完璧主義な独り善がりで、過度に高潔な信仰を持っている人々」という一般的なヴィーガン観に基づいているためであると考えられる。この佐々木氏の考え方は、討論その3で田村氏が行った手法と同様、ヴィーガンを独善的なヴィーガンに単純化することによって「独善的なヴィーガンVS独善的でない非ヴィーガン」という恣意的に作られた二項対立の考え方であり、その背後には相手を攻撃する意図が潜んでいると思われる。
【追 記】
討論その5の分析も討論全体を分析した上で行っています。また、討論のスクリプトに誤りがある場合はご指摘願います。
