<なぜ地球温暖化対策から肉食問題が除外されてきたのか>

 

 一部の地域を除いて、一般的に、牛肉は食肉の中で最も高価なものである。それは、牛肉の生産にかかるコストが最も高いというのがその理由である。

 食肉生産のために不可欠な資源は飼料と水と土地の3つの資源であるが、牛肉で計算してみると、牛肉1kgを生産するのにかかる飼料をトウモロコシに換算すると、11kgである。1kgのトウモロコシを生産するには、灌漑用水として1,800ℓの水が必要である。したがって、牛肉1kgを生産するのに必要な水は、19,800ℓとなる。しかし、これ以外に、肉牛は大量の水(1日あたり25∼40ℓ)も飲む。また、出荷されるまでのトウモロコシには大量の肥料も必要なので、その肥料を生産するためにも大量の水が使用されている。つまり、地球上の水やエネルギーが有限である以上、大量の水やエネルギーを濃縮したものと言える牛肉は、その生産において大量の水やエネルギーを他から奪うことになるのである。具体的に言うと、貧困な開発途上国の人々から食糧や水を奪うシステム、つまり、豊かな先進国が肉食に必要な水や飼料を手に入れるために高額な代金を支払うことによってそれらの価格は高騰するため、貧困な開発途上国の人々は水や飼料が買えなくなるため飢餓に苦しむというシステムが出来上がるのである。(1人当たりGDPが52,837ドルのアメリカの1人当たりの年間肉消費量が116kgに対し、1人当たりGDPが17分の1である2,960ドルのバングラデシュでは、1人が1年に消費する肉はたったの3kgである。)明らかに、この飢餓は天災ではなく人災である。

 また、牛肉生産には非常に多くの水やエネルギーが必要なので、牛肉は地球環境を非常に圧迫する食材であるとも言える。例えば、牛肉生産は地球温暖化に大きな影響を及ぼしている。それは牛のゲップである。ゲップには温室効果ガスのメタンガスが多量に含まれるためである。全世界の畜産業で飼育されている15億頭(2019)もの牛が排出する大量のメタンガスは、二酸化炭素の28倍もの温室効果があるので、世界で排出される温室効果ガスの4%を占めている。つまり、牛肉を食することが地球環境破壊に大きく貢献しているということは否定できない事実なのである。しかし、これだけ明確な地球環境破壊の原因であるにもかかわらず、この牛肉問題を取り上げるSDGsの識者は非常に少ない。なぜ「地球環境を守るために牛肉を食べるのを控えよう。」という提案を掲げることが困難なのか。そこで、その理由について識者の意見をまず紹介していくことにする。

 

 2019年10月02日のGigazineに掲載された「地球温暖化を止めるには私たちが『肉や乳製品を食べなくなる』ことが不可欠」という記事で、アメリカ合衆国の小説家であるジョナサン・サフラン・フォア(Jonathan Safran Foer)氏の主張が紹介されている。以下はその要旨である。

 2018年には、人々は環境に関する情報をこれまで以上に入手していたにもかかわらず、過去最高の温室効果ガスを排出した。これは、多くの人々が実際に地球温暖化対策を行っていないというのが事実であり、「食肉や乳製品の加工に関する畜産は、二酸化炭素よりも強力な温室効果を発揮するメタンや亜酸化窒素の主要な排出源であると同時に、森林破壊の主要な原因でもあり、飛行機・自動車・電車を含む輸送部門全体を超える温室効果ガスを排出している以上、地球を救うには動物由来の食物を食べないようにすべきだ」という問題認識はあっても、多くの人が行動に移せていないという状況を意味している。これは、人々は地球温暖化の危機から目を背け、世界中で提唱されている多くの環境問題への対策から「動物製品の消費を大幅に削減するという地球温暖化対策」が意図的に除外されてきたからである。

 地球温暖化対策について述べる際に、食肉の消費量削減について訴えないことは、生活習慣病の患者に対して食生活や喫煙習慣を改めるように促さず、定期的な運動だけをアドバイスするようなものであり、食生活の改革が主要なトピックとして取り上げられないのは、化石燃料業界やそのロビイストを中傷することの方が私たち自身の食習慣を改めるよりもはるかに簡単であり、人々は長年の食生活を改革することを避けたがっているからだと思われる。

 もちろん、個人レベルで言えば、世界の電力網を大幅に転換させたり、強力なロビイストを抑えて炭素税法を可決したり、温室効果ガスの排出に関する国際的な基準を採用したりすることよりも、日々の食生活を変えることの方が誰にとっても簡単なことのように思えるが、長年にわたる習慣や愛着、好みといった問題は、食生活を変えるという簡単なステップをこの上なく困難なものにしてしまっていると言える。

しかし、気候変動に対処するために個人ができる主要な行動としては、「子どもの数を減らす」「自動車を使わない生活をする」「飛行機に乗らないようにする」「植物中心の食生活にする」の4つが考えられるが、最も簡単に人々が参加できるのは「食生活の変更」であり、それによってメタンガスなど二酸化炭素よりも大きな温室効果を持つガスの排出量を減らせるので、個人レベルでも大きな貢献が可能である。もちろん、ほとんどの人々は子どもの頃から肉や卵を好んで食べており、今さら食生活を変えるのは困難なので、多くの人々が肉は夕食だけにして、朝や昼は肉を食べないようにするだけでも効果がある。

 もちろん、個人の地球温暖化対策の重要性を訴えることで大企業や政府の責任から目をそらす必要はなく、個人レベルの対策と同時に、植物由来の人工肉の普及や農業に関する法律の整備など、国や世界レベルの対策を推進していく必要もある。

 

 東洋経済ONLINEに掲載されている「環境に悪くても『牛肉』を食べ続けてしまう必然 肉好きが食べる量を減らすと何が起こるか」(2021-11-24)という記事で、早稲田大学政治経済学術院の下川 哲准教授は、環境に悪いとわかっていても牛肉を食べてしまう理由について、①バイアスの掛かった認知傾向、②短絡的思考、③影響力の誤認の3つの理由を挙げている。

 ①は、「現在志向バイアス」や「現状維持バイアス」とも呼べる「人間らしい」理由で、自分の健康や将来の環境問題よりも、今おいしい肉を食べることを優先してしまう認知バイアス。言い換えると、遠い未来の幸せよりも近い未来の幸せを優先してしまうという精神構造。

 ②は、「ちょっとした変化ではどうせ意味がない。」や「やるなら菜食主義者になるぐらいでないと意味がない。」などと事態の細部を捨象して恣意的に単純化することによって、細部への思考を停止するという精神構造。

 ③は、「自分一人努力したところでたいした力にはならない。」というふうに、自分の置かれている状況を誤認するという精神構造。

 つまり、多くの人間は、肉食を我慢して成人病に罹らない将来の幸せよりも、今おいしい肉を食べる幸せを優先しようとするし、ベジタリアンやヴィーガンぐらいにならなければ、肉食を週2回を週1回に減らしたところで大した意味はないという極論でもって肉食を減らさないという自分の判断を合理化し、自分一人が肉食を我慢しても、肉食をする多くの人がいる限り地球温暖化の阻止には役立たないという勘違いをするために、地球環境によくないことが分かっていても肉食をやめられないのだということである。

 まず、③については、事実に基づいた正確な情報を提供することによって比較的簡単に解決できると思われる。しかし、②については、単純化による論理の飛躍を指摘することで解決できるかもしれないが、そもそも論理の飛躍をしている人を論理的に説得することは非常に困難である。また、①についても、論理的に思考すれば遠い未来の幸せを優先すべきであると考えられる際に、論理的に思考していないためにそうしないなら、人間の非論理的な思考を論理的な思考に変えるという行為そのものが論理的思考であるがゆえに、論理的に言って思考を変えることはほぼ不可能である。しかし、論理的に考えて遠い未来の幸せの可能性が近い未来の幸せの可能性よりも高いと認識されるのであれば、遠い未来の幸せを優先する精神構造に変えることが可能ではなかろうか。では、いったいどうすれば遠い未来の可能性を高めることができるのだろうか。

(つづく)