第6章では、ここで初めて人間以外の地球の生物に視線が向けられる。ただ、絶滅に瀕している野生生物が重要である理由は、それらが農作物の品種改良や衣料品の開発に不可欠な有用な資源であり、かつ、道徳的、倫理的、文化的、美的、純粋に科学的にも重要だからということである。つまり、人間にとって有益か否かという尺度でその重要性が判断されている。ここで「倫理的(ethical)」という言葉が使用されているが、そもそも「倫(ともがら)とは仲間を意味し,人倫といえば,畜生や禽獣のあり方との対比において,人間特有の共同生活の種々のあり方を意味する。(世界大百科事典)」わけで、常識的には、「倫理」とは人と人との間の理(ことわり)であり、動物や植物と人間の間に倫理は成立しえない。昨今、「動物倫理学」という学問も存在するが、この意味で「倫理的」という語がここで使用されているとは考えられない。もしこの意味で「倫理的」という語が使用されているとしたら、「動物倫理学」を全く理解していないか、文明の終焉を期待しているのかのいずれかであるが。
第7章ではエネルギー問題が取り上げられる。環境汚染や安全性の問題と共に、ここで問題となっているのは、やはり開発途上国のエネルギー問題である。ますます増大する開発途上国のエネルギー需要を満たすために、化石燃料に依存しない、安全でクリーンなエネルギーの開発の必要性が述べられている。エネルギー需要の増加が大前提とされているのが特徴で、科学技術の発展に大きく依存する考え方である。
第8章においても、やはり問題視されているのは、開発途上国の工業化によって引き起こされつつある地球環境への圧迫である。人口の多い開発途上国が先進国と同様の経済発展を追求した場合、地球環境への影響はこれまでに先進国がもたらした影響をはるかに凌ぐものになると予想されるため、1997年に先進国主導で開催された「国連気候変動枠組み条約の締約国会議(COP3)」で採択された「京都議定書」では、開発途上国の強い抵抗のため、先進国のみの「温室効果ガスの削減の目標達成」が義務化された。これは、歴史的に排出してきた責任のある先進国が、最初に削減対策を行うべきであるという考え方に基づくものであった。そして、2015年にパリで開催されたCOP21で締結されたパリ協定では、すべての締結国に「温室効果ガス削減・抑制目標の策定・提出」が義務づけられたが、「目標達成」は義務化されなかった。また、先進国による開発途上国への目標の達成に向けた資金支援は、京都議定書でも定められていたが、パリ協定では先進国のみならず開発途上国にも自主的な資金提供が奨励されるにすぎなかった。いずれにせよ、開発途上国への先進国の配慮が常に認められると言える。(つづく)
