おいでやすイエローハート
森遊のブログへ ようこそハート
初めてご訪問してくれた方
プロフィールはこちらです

アメブロに書く前の日記は
エンピツ 始まりの日記
PC用画面です

 

1月17日(金)

阪神大震災から

30年が経った…

 

あの日のことは

一生忘れられない

 

私が住んでいたのは京都。

 

前日は夫の実家で法事があり(在日なので年間に10回という驚くような法事の回数!)

 

法事を終えて帰宅したのがけっこう遅い時間だった。

 

夫は、いつも通り呑んで酔っ払い居間で寝てた。

 

寝室は2階。

私の横には幼い三女が寝てた。

 

揺れが来た時、無意識に三女の上にかぶさって守っていたよ。(長女と次女は、それぞれの部屋にいました)

 

揺れが収まった時に1階にある居間に降りたら、夫がガスストーブチェックしてたアセアセ

 

「ガスストーブの調子が悪いみたいだな。動かなくなってる」と真面目な顔で言われたアセアセ

 

いや…それって、大きな地震が起きたのでガスメーターがシャットダウンしてるんだよ魂

 

いざという時に、何も役に立たない夫でした。

 

 

その後、テレビ報道を見て被害の悲惨さに驚愕しました。(私の家も壁紙が歪んだり、キッチンのタイルにヒビが入ったりしてました)

 

ご近所の方がボランティアで神戸へ毎日通ってました。

 

うちの近所の団地でも、大きな揺れで室内のモノが破損したり怪我をしたりして救急車が絶え間なく走っていました。

屋根のトタンが歪んで壊れているお宅がたくさんありました。

 

うちの娘たちは、地震のショックで学校へ行くの不安で仕方がない様子でした。私もそう。トイレに入っても、入浴中も、(今、また地震が来たらどうしよう…)と思って、不安で仕方がなかったです。

 

 

あれから30年も経ったのですね。

 

当時の神戸は悲惨でした。

けれど、現在の能登の状況と比べると復興が早かったように思うの。

 

規模が違うと言われたら、何も言い返せないけどね。

 

30年前のあの時に、不本意ながら人生を終えてしまった方々、そして後遺症で苦しんでいる方々…祈ることしかできないけれどタラー

 

未だ、あの悲劇から学習できている事が少ないように思います。

 

キラキラ2年越しキラキラ

 

羽生くんが競技選手からプロスケーターへと栄転した時に、記念に注文したよ。

 

2年待ちだったのだよ!

やっと届いた~!!

 

過去からの手紙みたいで、ちょっと切なくてうれしいハート

 

東北工芸製作所の作品ですハート


じゃあまたねニコニコ