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2023年8月25日(金)
昨日ね
母の病院付き添いの後
長女とランチした時にね
娘たちが子どもの頃の話や、彼女らが大人になってからの想い出とか、現在の孫たちや生活の話…、話の内容がロケット並みに飛びながら、色々話したんだよね![]()
人って、ツライ想い出は
よ~く覚えているやん?
その反対に、
嬉しかったり、
感慨深かった想い出は、
年を追うごとに
薄い記憶になってる
って~事で
今後数回にわたって
これまでの人生で
「嬉しかった話」を
しようと思います![]()
その1![]()
3人目の子が
お腹に宿った
時の話です
当時29才
妊娠は予定外だった![]()
夫に話したら
私の想定外に
喜んだんだよね
当時の夫は、レストランで働く調理師だったの。めっちゃ給料が安かった。結婚してすぐに北海道で開店したレストラン貯金は、京都に越してから赤字だらけの家計に変わり、私は夫に「やり繰りが下手!」と怒鳴られることが多かった![]()
そんな赤字家計なのに、3人目の子を産んで良いのか…
なのに夫は、反対するどころか喜んでいたよ(職場の調理師さん達には、『この給料で3人の子は養えない』と言われたそうです)
夫が私の妊娠を喜んだ理由は、夫が産まれる頃に原因はさかのぼる。
夫は望まれない子として夫の母のお腹に宿ったのね。夫のお母さんは病弱だったので出産する事で命がなくなる可能性もあると言われてたらしいよ。
でも、夫のお母さんは産むことを選んだ。
ただし、夫は高校生の頃にめちゃくちゃな学生時代を過ごしたので、当時母親に「あんたをお腹に宿った時に、処分すれば良かった」と言われたらしいよ![]()
でも、お母さんは命をはって息子(私の亡夫)を産んだ。本当にお義母さんは出産時に死にかけたらしい![]()
夫が高校生の頃、さんざん親に迷惑をかけ、それで母親が思わず「産まなければ良かった」と言ってしまった。夫はそれがとてもショックで、多分、大人になってもその傷は癒えないまま過ごしていたのだと思う。
だから私が、予定外に3人目の子を身ごもった時、夫はそのことを喜んだのさ。
私は、もしかしたら「生活が成り立たないから諦めろ」と言われるかも…と思っていたので、とても意外だったのを記憶してる。
3人目の子を産む事を決めたのは良いのだけど、私はそうとう不安でした…
長女と次女が、あまりにも可愛すぎて、3人目が生まれた時に、生まれた子も同じように愛せるのだろうか?と、とても不安になってた。
当時の長女は保育園の年長さん、次女は保育園の年少さん。
本当に、めちゃくちゃ可愛いさかりだったの!
長女と次女が、ふたり並んで保育園の制服を着て、「うふふ」と笑う姿を見ていると、夫の不条理なモラハラな発言や行動も、この2人が無事にお金の心配がなく大きくなれるなら、我慢して暮らしていけると思った。
めっちゃ可愛かったんだよぉ~![]()
(現在は大人になった娘たちだけど、相変わらず可愛いよ。笑)
こんなに可愛い2人がいるのに、次に生まれるであろう子を、同じように可愛がることができるのかな?自信がないぞ!と、日に日に大きくなるお腹を見ながら思っていた。
そしてとうとう出産の日が来た(..;)
私は早産の傾向があるので、陣痛が起きる前に、産婦人科の医師が出産日を決めたの。平成元年5月30日。
産む日の朝、長女と次女を保育園に預けて、夫と共に産婦人科へ向かった。
陣痛は始まっていなかったけれど、子宮口はすでにずいぶん開いていた。
少しの陣痛促進剤を使っただけで、あっという間に生まれました。陣痛が起きて、分娩室へ運ばれたあと、2回ほど力んだら生まれた。笑←笑うとこだろうか![]()
でね~
私の心配は
杞憂だったと
すぐにわかったよ
医者が
産まれた子を
私の胸の上に
乗せてくれた時
言葉にできない
うれしさに
包まれたの!
(ちなみに、陣痛から出産が想定より早すぎたので、出産時に夫はいませんでした。ひとりで産みました
夫は産後の数日間、長女と次女の世話をしてもらう夫の母を迎えに、車を走らせてました
)
当時、私の母も京都で暮らしていたのだけど、仕事をしていたので私の出産時には立ち会えなかったの。今考えたら、母は「娘の出産の手伝いがあるので、数日休ませてほしい」と会社に言わなかったのね。
とにかく!
末っ子を愛せるかどうか悩んでいた私の気持ちは、出産した末っ子の顔を見たとたんに払拭されたの!
いや~
可愛いやん!
なんやこれ?
めっちゃ
可愛いやん!
本当は産後はベッドで寝ていた方が良かったのに、私は三女が寝かせられている部屋(ガラスで仕切ってある)の前で、ずっと産まれた子の顔を見ていたよ![]()
んで
わかった!
自分が産んだ子どもへの愛情は、何人子どもを産もうが減らないと!
2人でも3人でも、5人産んでも、多分10人産んでも、みんな愛せるってさ~!
伴侶は1人にしなよって、法律で決められるやん![]()
その当時、すでに伴侶への愛情は薄かったけど![]()
子どもは、何人産んでも良いやん![]()
何人でも、どんと来い![]()
3人目の子を産んでみて、何人子どもを産もうが、その子らを愛する気持ちは枯れないというのが、わかった。
ただし、3人目を産んだあと、自分の体力ではもう次の子は産むのは無理って思ったけどね。産むのも、産んだ後の産褥期も、育てるのも、しんどすぎ~。笑
ということで
私の
人生で
「嬉しかった選手権」
その1は
自分の子は
何人でも愛せるのが
わかって感動した!
でした(^O^)v
長くなってしまった![]()
最後まで読んでくれて、ありがとう![]()
ちなみに、身体が弱い姑は私が産婦人科から退院した次の日の朝、帰ってしまいました。私の母は、仕事があるので、仕事から帰った後にしばらくの間、長女と次女のお風呂だけ入れてくれました。夫は、もちろん、育児は何ひとつしませんでした。
つまりワンオペ育児してました。産まれたばかりの三女を抱いて、長女と次女を保育園へ送って行ったな~![]()
退院した次の週の夫が休みの日、夕食の支度を私がしていなかったので、夫は激怒したのを今でも覚えてる(執念深い女です)
じゃあまたね![]()
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