※これは、事実を元にしたお話です。

全てがフィクションではありませんが、

ある程度の事実に基づいて書いています。

 

その七

 

-秘密-

 

冬子も小学1年になると、いつまでもサダの尻を追いかけてばかりもいず、たまには外で遊ぶこともあった。たいていは一人で遊んでいた。たまに近所の同級生とも遊んだが、遊ぶというよりも一緒にいるという方が正しいだろう。冬子は無口なので、友達を作るのが苦手だった。

 

冬子が道ばたで花を摘んだり、ありの巣を掘り返している時、少し離れたところでは女たちが井戸端会議をしていることが常だった。その井戸端会議にサダも加わっている場合もあったが、サダは内職に忙しかったので、たいていはサダ抜きで女たちはしゃべっていた。

何をそんなに長い時間話すことがあるのだろう?と、冬子はいつも不思議に思っていた。

 

女たちのほとんどは、冬子と同じ団地に住む主婦だった。

数人が集まり、大きな声で笑ったり、こそこそと小さな声で話したりしていた。小さな声で話す時は、ちらりと周りの様子をうかがっている事もあった。

 

井戸端会議の女たちが、冬子をチラチラ見ながら何か話している事も、よくあった。冬子は人から見られる事に慣れていたので、別段、気にもしていなかった。

女たちは、冬子が近づくと、とたんに口をつぐんで訳知り顔をした。

 

冬子の住む団地には、風呂がなかった。この町のほとんどの家に風呂はなかった。みな、銭湯へ行った。サダと冬子も、二人で銭湯へ行っていた。

 

裸になると、冬子が身体にまとった鎧(よろい)も脱げてしまうのだろうか?いつもは声をかけて来ないおばちゃんやお姉さんが、銭湯で出会うと気軽に声をかけてきた。

 

「冬子ちゃ~ん、相変わらずべっぴんさんだね~」そう言いながら冬子の背中を撫でたり、冬子の頭の先から足の先まで観察してきた。

 

サダは、銭湯でもおしゃべりに夢中だった。いつも忙しくて井戸端会議に混じれない分を埋めるように、息もつがずにしゃべり続けた。

 

冬子は、サダがなかなか風呂から上がってくれないので、先に脱衣所に行き衣服を身につけたものだった。

いつものように冬子が一人で脱衣所に行き、サダが風呂から出て来るのを、銭湯の椅子に座って待っていた時、近所のおばちゃんが静かに近づいてきた。冬子の横に座った。

「冬子ちゃん、べっぴんさん、おかさんに似てないの、なんでか知ってる?」

冬子は、湖の底のような深い目をして、そのおばちゃんを見た。まばたきして、おばちゃんをじっくり見た。冬子の睫毛は艶があり長く、深い色の瞳をいっそう際立たせて、まばたきすると、人は冬子の瞳に吸い寄せられ、魂も抜かれそうな気持ちになる。

 

おばちゃんは、ちょっとたじろいでから、息をふっと吐いた。

 

「冬子ちゃんの本当のお母さんの事、知ってるか?なんもさー意地悪で聞いてるわけじゃないべ。知ってたら余計なお世話だな。知らないのなら、もう冬子ちゃんも小学生だべ?人には知る権利ってのがあるべ?おばちゃん、親切で教えてあげるべさ。冬子ちゃん、もわられっ子なの、知ってる?」

 

おばちゃんは、一息にしゃべった。唇の右端が上がって口元がゆがんでいた。

 

冬子は、そのゆがんだ口元を、ぼうっとして見つめた。

 

この人は、なんの話をしているのだろう?私のおかあちゃんは本当のおかあちゃんじゃないの?本当のおかあちゃんて何のこと?

 

サダが風呂から上がって、脱衣所に来た。

おばちゃんは、そそくさと冬子から離れて行った。

 

「おばちゃんと、何、話してた?」サダが聞いた。

 

「なーんもさ」

冬子は短く言った。

 

 

続く