◆他人事ではない・・テレビの肥満女性に戦慄!
テレビで200キロの肥満女性が紹介されていた。
車を運転すると・・
腹に食い込んだハンドルを回せない。
外から見ると、運転席側が下に傾いている。
降りようにも、ドアに肉がひっかかり、腕で引っ張って脱出。
それは面白おかしく紹介されていた。
ゲストは「すごいね」と言いながら笑っている。
きっと視聴者のほとんどが同じような反応だろう。
しかし、私は、1ミリも笑えなかった・・
それどころか、目を見開き恐怖にひきつっていた。
「これは、未来の私かもしれない・・」
と思ってしまった自分に戦慄していた。
そう思ってしまったのもムリはない。
なぜなら、私の体重は、ずっと増え続けていたからだ。
自分史上最大を塗り替えつづけ
人間は、こんなに太っても生きていられるんだな・・
とヘンな感心すらしていた。
◆当時の私
そのころ、毎年平均2.5キロづつ増え
10年間で25キロ増えていた。
この分でいくと、10年後は、93キロである。
なので、テレビの肥満女性は、けっして他人事ではなかったのだ。
年々、2.5キロづつ増え続け、それが10年も続くと
・・ 病 む ・・
ココロも カラダも サイフも 生活も、蝕まれる・・
◆ココロが病む・・
体育座りした自分の斜め後ろを、鏡に映し
「どんどん丸くなってるなぁ・・」
と、よく無表情にツブやいていた。
キレイにくぼんだカーブを描き、「皮」しかつまめなかった背中が
出っ張ったカーブで丸くなり、ガシッと「肉」をつまめる。
そのうち、鏡を見ないようになった。
しまいには、無意識に鏡を避ける術さえ身についた。
もうツラくてツラくて、いろいろな本やカウンセリングに救いを求めたが・・
「自己肯定感?」→ダダ下がりじゃ・・
「自分のことを好きになろう?」→意味わからん・・
さらなる絶望に打ちのめされるだけであった。
しまいには、催眠術や潜在意識の世界にも、のめりこんでいた。
今から見ると、アルコールや薬物と同じで、依存症だったのである。
「食べ物依存症」
当時は知るべしもないワードである。
◆カラダが病む・・
・体重68kg(身長153cm)
・BMI 29
・血糖値298
・血圧160~170(正常血圧120以下)
・ALT45(基準30以下、脂肪肝と判定→肝臓の名医にすっとんで行った)
・中性脂肪200超え(基準値30~149)
・肌にブツブツ(月1で皮膚科に通っていた)
・虫歯(月1で歯医者に通っていた)
・頭痛(週に2回服薬)
・腰痛(3日間寝たきりになったことも)
・せきぜんそく(咳で肋骨が痛かった)
・風邪ひきやすい(パブロンを持ち歩いていた)
このままだったら、10年以内に
糖尿病、高血圧症、認知症、ガンに
私の人生を支配されていたであろう。
もちろん、コロナには、相当おびえて暮らしていたことであろう。
◆サイフが病む・・
・過食貧乏→食費とは別に、過食費だけで1ケ月5万円、1年で60万円
◆生活が病む・・
・走ると肉が揺れて痛い
(だから、信号は青でも渡らない、青になったばかりのところで渡る)
・肉が重なる部分の汗がハンパなく不快
・着られる服が極めて少ない
・階段のぼるとゼイゼイいう
・イビキ(自分のイビキで起きた事多々あり)
・仕事中眠い(あくびの涙で鼻をすすっていた)
・もの忘れが激しい(自分が言ったことを忘れている)
◆なにゆえ、10年間で25キロ増えたのか・・
当時、私は、毎晩、過食の宴を催していた。
ひとりで、「祭りじゃ、祭りじゃ」と浮かれて食べていた。
食べながら、テレビでお笑い見たり、ドラマを見たりしているときが
最高に幸せだった。
どの位喰らっていたかというと、以下のコースがベースだ。
(1日3食にプラスして)
・モナ王アイス10個(最多20個、モナクイーンと呼んでくれ~)
・金吾堂ごませんべい7枚(モナ王で寒くなった体を温めてくれる気がしていた)
時々オプションで、以下を追加していた。
・高級グラノーラ半袋(高級なので安心していたが、高カロリー)
・メイプルクッキー5~10枚(シビれるほどの甘さに酔っていた)
・成城石井やKINOKUNIYAで仕入れたお高め菓子類
まぁ、これだけのモノを深夜1時ごろまで食べて
気持ち悪くなって寝ていたワケだ。
朝起きたときの、気分の悪さがハンパない。
気持ち悪い体の中で、自分を責め、ののしりまくる・・最悪だ。
健康診断の数値が悪いのも当然だ。
腸内環境は悪化し、血流が悪くなり、
自律神経やホルモンに悪影響を与えていたのであろう。
こんな状態を打開しようと、さまざま試みた。
次回は、その話をする。
テレビで200キロの肥満女性が紹介されていた。
車を運転すると・・
腹に食い込んだハンドルを回せない。
外から見ると、運転席側が下に傾いている。
降りようにも、ドアに肉がひっかかり、腕で引っ張って脱出。
それは面白おかしく紹介されていた。
ゲストは「すごいね」と言いながら笑っている。
きっと視聴者のほとんどが同じような反応だろう。
しかし、私は、1ミリも笑えなかった・・
それどころか、目を見開き恐怖にひきつっていた。
「これは、未来の私かもしれない・・」
と思ってしまった自分に戦慄していた。
そう思ってしまったのもムリはない。
なぜなら、私の体重は、ずっと増え続けていたからだ。
自分史上最大を塗り替えつづけ
人間は、こんなに太っても生きていられるんだな・・
とヘンな感心すらしていた。
◆当時の私
そのころ、毎年平均2.5キロづつ増え
10年間で25キロ増えていた。
この分でいくと、10年後は、93キロである。
なので、テレビの肥満女性は、けっして他人事ではなかったのだ。
年々、2.5キロづつ増え続け、それが10年も続くと
・・ 病 む ・・
ココロも カラダも サイフも 生活も、蝕まれる・・
◆ココロが病む・・
体育座りした自分の斜め後ろを、鏡に映し
「どんどん丸くなってるなぁ・・」
と、よく無表情にツブやいていた。
キレイにくぼんだカーブを描き、「皮」しかつまめなかった背中が
出っ張ったカーブで丸くなり、ガシッと「肉」をつまめる。
そのうち、鏡を見ないようになった。
しまいには、無意識に鏡を避ける術さえ身についた。
もうツラくてツラくて、いろいろな本やカウンセリングに救いを求めたが・・
「自己肯定感?」→ダダ下がりじゃ・・
「自分のことを好きになろう?」→意味わからん・・
さらなる絶望に打ちのめされるだけであった。
しまいには、催眠術や潜在意識の世界にも、のめりこんでいた。
今から見ると、アルコールや薬物と同じで、依存症だったのである。
「食べ物依存症」
当時は知るべしもないワードである。
◆カラダが病む・・
・体重68kg(身長153cm)
・BMI 29
・血糖値298
・血圧160~170(正常血圧120以下)
・ALT45(基準30以下、脂肪肝と判定→肝臓の名医にすっとんで行った)
・中性脂肪200超え(基準値30~149)
・肌にブツブツ(月1で皮膚科に通っていた)
・虫歯(月1で歯医者に通っていた)
・頭痛(週に2回服薬)
・腰痛(3日間寝たきりになったことも)
・せきぜんそく(咳で肋骨が痛かった)
・風邪ひきやすい(パブロンを持ち歩いていた)
このままだったら、10年以内に
糖尿病、高血圧症、認知症、ガンに
私の人生を支配されていたであろう。
もちろん、コロナには、相当おびえて暮らしていたことであろう。
◆サイフが病む・・
・過食貧乏→食費とは別に、過食費だけで1ケ月5万円、1年で60万円
◆生活が病む・・
・走ると肉が揺れて痛い
(だから、信号は青でも渡らない、青になったばかりのところで渡る)
・肉が重なる部分の汗がハンパなく不快
・着られる服が極めて少ない
・階段のぼるとゼイゼイいう
・イビキ(自分のイビキで起きた事多々あり)
・仕事中眠い(あくびの涙で鼻をすすっていた)
・もの忘れが激しい(自分が言ったことを忘れている)
◆なにゆえ、10年間で25キロ増えたのか・・
当時、私は、毎晩、過食の宴を催していた。
ひとりで、「祭りじゃ、祭りじゃ」と浮かれて食べていた。
食べながら、テレビでお笑い見たり、ドラマを見たりしているときが
最高に幸せだった。
どの位喰らっていたかというと、以下のコースがベースだ。
(1日3食にプラスして)
・モナ王アイス10個(最多20個、モナクイーンと呼んでくれ~)
・金吾堂ごませんべい7枚(モナ王で寒くなった体を温めてくれる気がしていた)
時々オプションで、以下を追加していた。
・高級グラノーラ半袋(高級なので安心していたが、高カロリー)
・メイプルクッキー5~10枚(シビれるほどの甘さに酔っていた)
・成城石井やKINOKUNIYAで仕入れたお高め菓子類
まぁ、これだけのモノを深夜1時ごろまで食べて
気持ち悪くなって寝ていたワケだ。
朝起きたときの、気分の悪さがハンパない。
気持ち悪い体の中で、自分を責め、ののしりまくる・・最悪だ。
健康診断の数値が悪いのも当然だ。
腸内環境は悪化し、血流が悪くなり、
自律神経やホルモンに悪影響を与えていたのであろう。
こんな状態を打開しようと、さまざま試みた。
次回は、その話をする。
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