https://news.yahoo.co.jp/articles/dc77667138decf8cc521ec5dca5b5fc8799845a6/comments


たぶん警察だけでなく、多くの人一般市民が危機感を持っていないこと、これが大きな要因だと思う。

仮にこうした処分の非難をしている人が、こうした事態の当事者、つまり亡くなられた方の身内であったら同じ事を言うのであろうか。

捜索願を出す、自身でも探す、それでも見つからない、これは当たり前にあること。

これだけ多くの人が居ても何故か見つからないのは、一番は無関心。

私の住む磐田市においては、市内放送が入り、一応は全ての市民に聞こえる環境はあるものの、場所や、建物の中に居たり車を運転していたら聞こえない。

同じ時間により多くの目で見渡すことは非常に重要で有効な手段。限られた少ない目であれば当然すれ違いは起こる。

この警らしていた警官においては、少なからずこの被害者の姿が記憶に残っていた。

ここが一番のポイントではあるが、ただこれはつまるところ「無関心」である人心の問題であり、警官だからと言うことではない。

人と動物を一緒にするなと言うかもしれないが、Xで行方不明の犬猫の記事を見ると、関連から同じ犬猫捜索願の記事が次から次へと出てくる。そしてその数の多さに驚くほど。

これと同じくして、いかにそれに興味を示すかということは、結局「自分には関係ないこと」と認識してしまうことでその実態がどんなものかを知ることもない。

これ、運転と同じ。「だろう」なのか「かもしれない」なのか、そこが生死を分かつことがあると、免許を持つものなら誰もが知りつつ、実は実行しない人が多く、普通に存在する。

結局は我が身に降りかからなければ、こうした事が何を意味するのか理解していない。

警ら=パトロールとは何を目的としているのか。なんなら私など人相が悪いだけで職質を受けることもあった。

ゴミ袋をぶら下げてチャリで走ってるだけでも寄ってきたりする。にもかかわらず、裏道に入ると追ってこない。そこが一本道でどこにつながっているか分かっていても待ち伏せもしない。

たぶん

めんどくさいだけ

最近、同じフリーマーケットに来ていた人が行方不明になった。

一人はすぐ見つかったものの、もう一人は既にひと月以上見つかっていない。

そもそもほぼ全ての人が自分の身に降りかかるまで、こうした事が日常茶飯事に起きているとすら認識していない。


今は確かに声かけが難しいご時世になった。

子供に声をかければ不審者と通報され、女性に声をかけた男性は逮捕されるなど、「触らぬ神に祟りなし」と考える人もかなり多くなってきた。

たぶん今の時代、事件は起こるべくして起きているのではないかと思う。

無関心が社会的に問題視されたりしながら、今は無関心でなければ社会から排除される虞が同時にある。

なんなら私のしていたことに対して、伊勢原署も不審者認定してるのではないかと思うw

大変結構なことだ。

stay weird

ある漫画の一言がある。


神に救えない魂があるから悪魔が存在する


正しく品行方正であったら出来ない事は多い。

警察官となれば市民の安全は守れず、医者になれば生命を守れない。

そんなところが存在するのが、今の日本ではないかと思う。