みなさんの家にアナログの時計ってあります?
案外壁掛け時計なんかはアナログ式を使ってる人が多いかな?
若い人だとデジタルのみって人も少なくないと思うけど、アナログ時計の秒針の音、気になります?
寝付けないでいると、あの音が耳について離れないって人もいるんじゃないかと思う。
それが気になって寝られない人、また逆にその音が眠気を誘うって人もいますよね。
一人の人でも、case by caseで眠れなかったり眠くなったりもあるでしょう。
でも、秒針の音はしても、振り子の音がする時計をお持ちの方は少ないかと。
私の父は地方公務員だったので、私がまだ小さい頃、電池がすぐには買えないような土地に赴任しても困らないようにと、ゼンマイ式の掛け時計を用意していました。
今の時代では考えにくいですが、不思議な事でなく、用心深さも伺えます。
父母の実家はそこそこ田舎にあり、父の部落に2件、母の部落には商店はありませんでした。
と…また口調変わってるし(笑)
まあいいや(笑)
うち1件の商店は駅前にあり、切符の販売もしておりました。
駅は基本無人。
車掌…てゆか、運転士1人だけだったかな?が、安全確認をして発進する。そんな駅です。
他の店はというと、山ふたつ越えないと無い。
そこまで行けば商店街「っぽいもの」はありました。
パチ屋が1件、おもちゃ屋も1件。
昔ながらのこじんまりして、ところ狭しと並べられたおもちゃ、子供心にはワクワクが止まりません。
今あるところでは、ビレバンみたいな感じですね。
便利な世の中になり、誰もが車を持ち、休日には家族であっちにもこっちにも行ける、そんな環境になりました。
コンビニがあり、百均があり、ショッピングモールがあり、もしかして子供たちも食傷気味なのでは?と思ったりします。
私が幼い頃住んでいたのは、その父母の実家ではなく、いわゆるちいさな地方都市。
それでも大きなデパートはありません。
大きさの比喩が難しいですが、およそ地方の標準的なコンビニの倍くらいの広さで、それが3階建てほどのビルになっている「デパート」がありました。
たぶん当時その街で唯一エスカレーターのあったビル。
個人商店が立ち並んで商店街を形成しているのが当たり前の時代、でも決して景気が悪い訳ではなかった。
そんな時と今を比べると、ふと思う。
日本は鎖国していた方がよかったのでは?と。
効率化により得た物は何なんだろう?って思う事はありませんか?
快適さを求めるうちに、何か本末転倒となり、自転車操業を繰り返す。
今はそんな時代のように思います。
電池すら使わないゼンマイ式の時計。
エコですよね。「消費電力」0ですもん。
「音の静かな」なんてキャッチコピーの家電製品はたくさんあります。
でも、音の無い暮らしって、本当に快適なのかな?と思うのは、やはり古い人間なんでしょうかね。
今私の部屋には秒針の音を奏でる時計が3つ。
ふと気持ちに隙間が出来た時、その秒針の音が少しだけ隙間を埋めてくれているように思います。
いつ頃まであったのか記憶にありませんが、父が用意したゼンマイ式の、決して高価では無い庶民的なゼンマイ式掛け時計、その表面の紋様は今でもはっきり覚えています。
あの時計を、一体何度眺めたのだろうと、そう考えるとそれだけで過去の色々な記憶が蘇ってきます。
あなたのずっと先の未来、今お持ちの時計を眺めたその日を思い出す事があるのでしょうか。
その時、今の私のようにその時の記憶を思い出すのでしょうか。
過去の消えた日々を。
案外壁掛け時計なんかはアナログ式を使ってる人が多いかな?
若い人だとデジタルのみって人も少なくないと思うけど、アナログ時計の秒針の音、気になります?
寝付けないでいると、あの音が耳について離れないって人もいるんじゃないかと思う。
それが気になって寝られない人、また逆にその音が眠気を誘うって人もいますよね。
一人の人でも、case by caseで眠れなかったり眠くなったりもあるでしょう。
でも、秒針の音はしても、振り子の音がする時計をお持ちの方は少ないかと。
私の父は地方公務員だったので、私がまだ小さい頃、電池がすぐには買えないような土地に赴任しても困らないようにと、ゼンマイ式の掛け時計を用意していました。
今の時代では考えにくいですが、不思議な事でなく、用心深さも伺えます。
父母の実家はそこそこ田舎にあり、父の部落に2件、母の部落には商店はありませんでした。
と…また口調変わってるし(笑)
まあいいや(笑)
うち1件の商店は駅前にあり、切符の販売もしておりました。
駅は基本無人。
車掌…てゆか、運転士1人だけだったかな?が、安全確認をして発進する。そんな駅です。
他の店はというと、山ふたつ越えないと無い。
そこまで行けば商店街「っぽいもの」はありました。
パチ屋が1件、おもちゃ屋も1件。
昔ながらのこじんまりして、ところ狭しと並べられたおもちゃ、子供心にはワクワクが止まりません。
今あるところでは、ビレバンみたいな感じですね。
便利な世の中になり、誰もが車を持ち、休日には家族であっちにもこっちにも行ける、そんな環境になりました。
コンビニがあり、百均があり、ショッピングモールがあり、もしかして子供たちも食傷気味なのでは?と思ったりします。
私が幼い頃住んでいたのは、その父母の実家ではなく、いわゆるちいさな地方都市。
それでも大きなデパートはありません。
大きさの比喩が難しいですが、およそ地方の標準的なコンビニの倍くらいの広さで、それが3階建てほどのビルになっている「デパート」がありました。
たぶん当時その街で唯一エスカレーターのあったビル。
個人商店が立ち並んで商店街を形成しているのが当たり前の時代、でも決して景気が悪い訳ではなかった。
そんな時と今を比べると、ふと思う。
日本は鎖国していた方がよかったのでは?と。
効率化により得た物は何なんだろう?って思う事はありませんか?
快適さを求めるうちに、何か本末転倒となり、自転車操業を繰り返す。
今はそんな時代のように思います。
電池すら使わないゼンマイ式の時計。
エコですよね。「消費電力」0ですもん。
「音の静かな」なんてキャッチコピーの家電製品はたくさんあります。
でも、音の無い暮らしって、本当に快適なのかな?と思うのは、やはり古い人間なんでしょうかね。
今私の部屋には秒針の音を奏でる時計が3つ。
ふと気持ちに隙間が出来た時、その秒針の音が少しだけ隙間を埋めてくれているように思います。
いつ頃まであったのか記憶にありませんが、父が用意したゼンマイ式の、決して高価では無い庶民的なゼンマイ式掛け時計、その表面の紋様は今でもはっきり覚えています。
あの時計を、一体何度眺めたのだろうと、そう考えるとそれだけで過去の色々な記憶が蘇ってきます。
あなたのずっと先の未来、今お持ちの時計を眺めたその日を思い出す事があるのでしょうか。
その時、今の私のようにその時の記憶を思い出すのでしょうか。
過去の消えた日々を。