背景その2。
今回は少し愚痴が多くなるかもしれない。
一人で愚痴を言うのは、ずるい。相手に反論の余地を与えない。とはいえ、そもそもこうしたブログ自体全てがそうだが。

独占欲、嫉妬心が強い人間は、とかく敬遠されがち。わからなくも無い。
実際C子も、結婚後に
「付き合っている時、この人と結婚したら苦労するだろなって思ってた」と言われた。
私はそれでも、自分と居たら楽しいと思ってもらえる様、努力してきた。C子が行きたいという場所は可能な限り行っていたし、それとは別にも情報を集め、C子が楽しめそうな場所を常に探していた。
もっとも、C子がどこかに行きたいと言っていたのは、単に私にモチベを与えるためだっただけの事かもしれないし、私が場所を探していたのは、私自身がC子と過ごす=楽しめる場所を探していたに過ぎないのかもしれない。

「そもそもぶつかるって、何が原因でぶつかったの?」
最初のうちは、やはり私の独占欲によるものが多かった。
私の感覚では
「自分と遊んでるだけでは満足できないの?」
いや、みなさんの言いたい事はわかります。
実際、人から見たら
「よくそんなに一緒に居てする事があるね」と思われる程あちこち行きまくっていた。
C子を飽きさせないように…が、逆にだから早く飽きたのか?
他にもやりたいことがある。わからない訳じゃないんですよ、頭では。
ただ、感情的にC子との時間を、C子自体を奪われた感が拭えず、彼女を責めてしまう…というか、いじけてしまう、で、C子が対応に困る。
そんなことで衝突していた。
と…C個は一緒に過ごしてる時に、自分の世界に入ってしまう事があった。
二人で居てもふらふらと一人で歩いていってしまったりすることも多々。私は疎外感を感じる。
まぁ、簡単に言えば私が単にかまってちゃんな訳だが、なんだろう…なんかね、悶々としてしまう。

扱いにくそうだわ~

と思いますよね。

はいはい、すんません。

ただ、この自分の世界に入ってしまうC子の癖、「意識」の部分にもよく現れていた。
それは記事本文にも同じような事を書いたかと思うが、C子は自分の言い分はとにかく通らないと気が済まない、けど、私が言った事は、真摯に受け止めない、一度言った事も忘れてしまう、それを私がまた言うと「何度も同じことを…」と言い出し、最後は「いっぱいいっぱいだから…」と、天の岩戸に隠れてしまう。
なら、一回言われたらちゃんとやってよって話なんだが…どうも、自分に支障の無い事を考えるのが面倒…というより、頭に残らないといった感じか。おおらかと言えばそうなのかもだが。
結婚後は、それによる衝突が多かった。
あちらは言い分を、10のうち10通さないと気が済まない、が、こちらの言い分は忘れてしまったり、そもそも真剣に受け止めない。
母親ゆずりが、自分が考えている事は1つでも我慢すると大量のエネルギーが必要になる。
例えば車を買う時。
相談でなく、話をしに来た時はもう買う事を決めている。「相談」でなく決定の報告なのが実情だった。
86からシティ、スペクトロン、トッポ、そしてスペースギアに変える時、やはり話を持ち出したのはC子だが、さすがに頻度が高い気がして、私はその時初めて購入に苦言を堤した。と…
C子「だってエアコン効かないんだもん」
私「エアコン効かないんなら、エアコン直したらいいんじゃないか?自分らの車ばかりでなく、お義父さんの車を買う方が先じゃないか?」
この時、義父は私たちが結婚してからずっと同じクラウンに乗っていた。
C子「でも買うで」
と言い放って会話終了。
たぶん、この時点でいつも頼んでいる車屋に、既に車を用意してもらっていたのだろう。
今まで購入に反対しなかった事もあり、この私の反応は、C子にしてみれば予想外の反応だったと思う。

以前話したみだしなみの話。
結婚の時の約束、さすがに私も婿入りしてすぐ放棄するほど肝っ玉はでかくない。素直に従っていた。が、こちらがそうしていても、C子はやはりこちらの言い分に無頓着。悪意の無いのはわかるが、こっちは聞いてるのに、なんでそっちは聞いてくれないんだ、と不満が募る。で、髭を伸ばしはじめる。
一時期は仙人ともビンラディンとも称されるほど伸ばした。
見かねたC子(多分義母からの指令)が、鋏を持って現れた。
私は鋏を奪ってあさっての方にぶん投げる。

C子退散。たぶん、悲しさと同時に悔しさが溢れていただろう

確かに身なりを整える約束はした。
が、私との約束は?
「そうだっけ?だって約束しちゃったんだもん♪」
いや、だから…先に私と約束してたでしょ?

甘えなのかもしれないが…なにこの非・優先感。

蔑(ないがし)ろにされた自分が反発する、するとC子がさらに距離を置く。それに私がイラ立つ、さらにC子が離れてゆく。
これが基本構図。
それに重ねて、やはり経済。安定しない。
特にリーマンショックの翌年は会社の指針で動きが激しかった。仕事がなくても、自宅待機で給料を貰えた一流企業と違う。
1月、皆勤手当の廃止。
‐10000円
3月手当の減額
‐27000円
5月週休2日の徹底
‐36000円
7月業務の変更
‐50000円
半年で約12万の減額。
10月に5万復帰したが、さすがにこれだけ変わったら気の長い配偶者でも精神的にまいってしまうだろう。数年後、ほぼ元に戻るが、今度はそのすぐ後に定期の仕事が打ち切りとなり、また10万ほど落ちる。
この経済効果がC子の精神に与えた影響は大きい。
そしてPTAに参加してからのC子は、その後著しく変貌してゆく。周りの人達との違い…それに不満を募らせていった。