理想のライフスタイルと年収1000万を確保しながら"じぶんビジネス"を育てる『豊かな時間持ち』になる方法 -5ページ目

理想のライフスタイルと年収1000万を確保しながら"じぶんビジネス"を育てる『豊かな時間持ち』になる方法

49歳から起業活動を開始、売上を追求するのではなく、理想のライフスタイルを実現するためのワークスタイルと収入源を作り上げ、サラリーマンを卒業。東京と八ヶ岳の2地域居住の生活を維持しながら、『豊かな時間持ち』への道を、日々、伝えています。

会社に売り渡しているものは何ですか?


先日、じっくりと時間をかけて
30年間のサラリーマン生活を振り返ってみました。

入社して1年間の工場での研修の後、本社に配属になって
様々な業務を経験させてもらいました。

製品企画を担当した部署では、
自分が最終的に「これがいい」と主張した通りのものが
製品となって世に出て行くことになりました。

20代前半の若者にとっては天狗になる良い機会でした。


販売促進を担当した部署では、
テレビCMの撮影に何度もスタジオに足を運びました。
実際、自分がPCを操作した画面そのものが
テレビCMとなったこともありました。

更に、高い木に登る良い機会でした。


業務を担当した部署では、
年間の売上利益計画を立案しました。
全国本支社の営業部長が一同に集まる会議にて
自分の立てた計画値をノルマとして自ら説明しました。

まるで、本社の役員になったような気分でした。


営業を担当した部署では、
新しい事業をゼロスタートさせてもらって
担当を離れるまでの10年間に250億の売上を計上しました。

自分の裁量で動かせる金額が大きくなり
自分が権力者になったような錯覚を覚えました。


給料をいただいていました。
同期の中ではトップクラスの評価でした。
でも、
同期の中での差は、月収で数万円程度でした。


仕事はヤリガイを感じていました。

朝8時から夜10時まで、
昼休みも取らずにデスクワークをしていても
全く疲れを感じませんでした。

お客様と毎日24時近くまで飲み歩いて
すごく仲良くなって、戦友になりました。
毎日が充実していました。


プライベートでは、給料が入ってくることを前提に、
色んな趣味を楽しむことができました。

飛行機の操縦ライセンスを取りに
45日間の有給休暇を取って渡米したのは
31歳の時でした。

帰国した翌年、課長職になれる資格をいただきました。

飛行機の操縦ライセンスを持っていたから・・・
ではないと思います。
でも、
少なくとも長期休暇を取得したことが
マイナス評価になっていることはありませんでした。



私は「サラリーマンを楽しめた」と考えています。

それは、

他人の資本を元手に
事業を作り大きくするプロセスを楽しめたこと
給料を前提にして様々な趣味を楽しめたこと

つまり、

サラリーマンであることは「手段」だったからだと
考えています。


私は、現在、
サラリーマンを卒業されようとしている方を
サポートする仕事をしています。

でも、

サラリーマンを完全否定している訳ではありません。

大きな資本が必要な事業にたずさわるためには
大企業に入ることが「手段」となります。

ロケットや人工衛星を作ることに関わりたい
と考えた時、選択肢はわずかな数しかありません。

重要なことは、
自分が実現したいことの「手段」として
サラリーマンを選択しているかどうか

という視点です。


サラリーマンしかできない。
毎日、嫌な仕事をさせられている。
苦しいことばかりが続く。

こんな状態で
サラリーマンを続けて欲しくはありません。

自分の人生を、会社に売り渡すようなことは
して欲しくないのです。



人生の経営者になる

それは、

自分の人生を自分で選択する
自分の可能性を自分の中に確保すること



あなたはサラリーマンという立場を
目一杯、活用できていますか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
40代からマイペースで
 会社に勤めたまま起業する方法
>>詳細はこちらから

ブログパーツ
あなたは間違っている、
そう決めつけられたことはありませんか?



会社では、上司の言うことが『正しい』ことになります。

組織体を動かすためには、仕方のないことでもあります。

例えば、軍隊で生死をかけた判断をする時には
部隊長が全責任を負った「判断」をします。
それこそ、部隊全員の生死を左右する判断をし、
部下はその判断に自分の命をかけることになります。

ただ、

会社の場合は、そこまでシビアではありません。

逆に、判断をしたのが上司なのに
責任は部下に押しつけたがる上司もいます。

成果があがったら自分の手柄
うまくいかなかったら他人のせい

訳が判りませんね。


人の価値観は、人それぞれ固有のものです。

出来事に「正しい」「間違っている」ということは無く
「その出来事がその人にとって重要かどうか」
という意味づけがされるだけです。


例えば、
お客さまに提出する書類に、
ほんの一行のミスがあったとします。
会社にとっては、
それはとても大きな損失につながる大きなミスでした。
でも、書類を作成した本人にとっては、
気がつかない程度のミスだったかもしれません。

もしかしたら、個人的に
お客様のためになる「正しい」ことだと思って
提出したのかもしれません。

会社にとっての利益は、
従業員個人の考える利益とは一致しません。


むしろ、真逆になることの方が多いでしょう。

でも、

会社にとっての利益が、
個々人を評価する基準になっている場合が多いことも
事実だと思います。


会社でミスを繰り返し、「出来ないヤツ」と評価されると
全人格的に「出来ないヤツ」と思われたりします。

一日の起きている時間の大半を過ごす会社で
ずっと「出来ないヤツ」を言われ続けたとしたら
当然、ウツになります。

自分はなんて「ダメダメなヤツ」なんだ、
と自分を責め続けると
身体にも変調をきたすようになります。

その結果、さらに会社的には「ダメなヤツ」になる訳ですから
本当にウツになってしまいます。

でも、

それは本当のあなたではありません。

会社の尺度で、業務の内容を計っただけなのですから。


人生の経営者になる

それは、自分の尺度で自分を評価すること

他人の評価軸を捨て去り
唯一無二のものである自分の評価軸でもの事を見ることで
ブレない自分を保つことができます。


他人から何を言われようとも
自分の判断で自分の人生を生きていくことこそ
限られた自分の人生時間を有効に使うことになります。


あなたはあなたの人生は、
あなた自身の判断で生きていますか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
40代からマイペースで
 会社に勤めたまま起業する方法
>>詳細はこちらから

ブログパーツ
あなたが所属している部の部長や課長の役割は
「管理をする人」ですか?



はじめて課長になった時、全社で最年少の課長でした。

課長会議にはじめて出た時、
他の4人の課長は全部10歳以上年上。
かなり頑張って、自分を大きく見せようとしていました。

部下は5人いました。
年上の部下も1人いらっしゃいました。

課長は『課を管理することが仕事』と考えていました。

課の業務で起きる、すべてのことに目を通そうとしました。
それまでは、他人ごとと思っていたことの多くを
自分でやれるようにしなければならないと考えました。

営業部門だったのに、
意識は全然お客の方を向かず
部下の動きにばかり注目していたように思います。

管理すること
それがリーダーシップだと考えていました。


それから17年後、

会社を辞めることを決めていたせいもありますが、
何とかして管理せずに、
自律的に動く組織を作りたいと模索しました。

部下には5人の課長がいました。
部全体で30人の担当者がいました。

何かを命令することをやめました。

現場を一番良く知っているのは、現場の担当者です。
上司が細かいことに口を挟むこと自体が
ナンセンスだと考えました。

課長の了解を取ったうえで、
担当者全員と一対一でじっくりと面談しました。

知らなかったことがたくさんありました。
担当者がどのような想いで仕事をしているのか、
どんなことで悩んでいるのか、
はじめて知ることばかりでした。

教えてくれてありがとう、とお礼を言いながら
部長として、部全体の方向性を判りやすく説明しました。
そして、
目標を示して協力して欲しいと伝えました。


営業部門は、確かに、売上をあげることで評価されます。

でも、

目先の売上の多寡を論ずるよりも、
顧客のことを理解し、
顧客にも自社を理解してもらうことが
長期的な売上確保には重要です。


経営の基幹となるシステムを取り扱っていたのですが、
お客様が、自分たちの収めたシステムを使って
導入以前よりも、
さらに売上や利益を伸ばしてもらってはじめて
感謝の言葉をいただけます。

作業した対価を受け取るのではなく、
お客様がお客様の望む価値を生み出すために
その元となる価値を提供する。


そのために、自分は何をすればよいのかを
部下の担当者それぞれに考えてもらいました。

相談して修正を加えてもらうことはありましたが
指示は一切しませんでした。
好きにやってくれればいい
責任は取るから

と言い切りました。

周りからは、無責任なオペレーションをしていると
批判を受けることもありました。

しかし、

部を預けられた者として、責任をすべて取る、と宣言し
一切の批判を排除して、このやり方を通しました。

ま、辞めるつもりだったので、
実は、怖いものは何も無かったんです。(^^;


半年もすると、部長がいなくても、何もしなくても
部下全員が元気に動いてくれる組織になりました。

部長の仕事は、経費予算を取ってくること
マンパワーのバランスを取ること
部下の評価をあげるために人事と交渉すること
ぐらいでした。

働きやすい環境を準備することために
部長が会社と戦っている背中を見せることで
組織全体の士気を高まりました。

細かい管理は必要ありませんでした。
いや、部下が何をしているか、ほとんど知りませんでした。

相互に信頼しあうリーダシップ
が出来上がっていたと自負しています。



人生の経営者になる

それは、相互信頼ができる仲間を作ること

目先の損得ではなく、本当にお互いを理解しあい
双方が成長するために何をするのか
本音で話し合える仲間を得ることが大切です。

「Win-Win」は妥協点をさぐるための概念ではありません。
お互いの能力を、最適に発揮して
高い実現力を導き出すためのものなのです。

あなたの発揮しようとしているリーダーシップは
どのようなリーダーシップですか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
40代からマイペースで
 会社に勤めたまま起業する方法
>>詳細はこちらから

ブログパーツ