この世で最も尊い仕事をしてるのは、雨の早朝にゴミを回収にきてくれる収集車の人々だなあ。
工房のわきにゴミ置場があるんで、そぼ降る雨音にあのかっこいい回転装置の轟音が聞こえると、まどろみの中で手を合わせたくなってしまう。
まったくえらい仕事だ、と思う。
変なゴミの出し方をするやつがいると、ぶっ飛ばしたくなる。
ひどい有様になってるゴミ置場、あるよね。
持っていってくれるひとたちの心中も考えないで、しかも自分たちの住んでる近辺が汚れるってのに、どういうつもりなんだろ?
あいつら、天にツバしてるバカだ。

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死ぬことはたいしてこわくない。
物理学や数論、それに遺伝子学なんかの本を読むようになって、そう思えるようになってきた。
肉体なんて、宇宙における一部のエネルギーの特殊な集中に過ぎない、みたいな?
死んだら時空のチリに帰る(あるいは、次元のあっち側に)だけの話、みたいな?
そのへんの理屈が、ロンリとしてじゃなく、実感として肌に理解できてきた。
痛いのがこわいからあえて死のうって気はないけど、死後の憂慮は必要ない。
物理学の次には、なんとなく哲学や形而上学に進みたくなるのもわかる。
そこがむつかしく思えるひとは宗教に向かうわけだけど、これは「いろんな学問を物語にしてしまおう」って方法論だ。
これにのめり込むと、やはり死がこわくなくなるんで、そこここに巡らされたワナに気をつけないと。
自分を物語の中の登場人物に落とし込んでしまうんだなあ。
それよりももっと、理にかなった、つまり科学的に考えたほうが、死に対する処置としてはうまくいく。
宗教対立の問題なんて、ただの「物語の筋書きの違い」ってテーマの言い争いにすぎない。
教育が行き届かないうちは、この世界は安定しないわけなんだった。

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電車でお出かけすることを「パトロール」と称することにしてるが、引きこもりなんで、ほとんどこういう機会はない。
出歩く行動範囲は、町内がほとんど。
なので、たまに電車に乗ったりすると、大冒険の心意気になる。
パトロールと称するからには周辺警戒をしてるわけだが、なかなか事件なんて起こらない。
しかし、すわ事件、ってことになったらすぐに動けるように、目配りだけは怠らない。
事件現場を前にして「ぼーっと見てるしかありませんでした」ってひとは、まず心構えができてないからだ。
オレは違うぜ。
そこで必ず事件は起きる、今まさに起きてる、と仮定してのぞむ。
満員電車の中でかわい子ちゃんを発見すれば、彼女に対して痴漢行為が行われてるに違いない、と考えるし、ヨボヨボのばあちゃんを見たら、それ今ここで心臓発作を起こして死にそうになるに違いない、と常に緊張する。
盲目のひとを見れば、つまずいた瞬間に素早く彼の身を支えられるように準備してるし、外国人を見れば、次の瞬間に地図を開いて困惑をはじめるに違いないんで「めい・あい・へるぷ・ゆー?」とかける言葉をリピート確認してるし、傍若無人を働きそうなやつを見たら、暴れだした瞬間に左ストレートから右ボディアッパー(シミュレーションずみ)を見舞えるように拳を固めてるし、酔っ払いを見れば、ゲロを吐いた瞬間に飛びのけるように重心をつま先に置いてる(この警戒は誰もがするやつだが)。
プラットホームで電車を待つときもまた、気を休めることができない。
線路への転落事故などが起こった際にとっさに体が動かないのは、それをあらかじめ想定しておかないからだ。
オレは違うぜ。
駅に電車が近づいてきたら、今まさにここで線路に飛び降りるバカが現れる、と身構える。
なので、そいつが飛び降りた瞬間に、オレも飛び降りられる。
死ぬだろ、って?
いや、大丈夫だ。
電車との距離が常に頭の中で計算されてる。
電車が駅に近づきすぎたら、「はい、ここからは助けられません。残念」のあきらめシグナルも持ってる。
しかし、助けられるタイミングなら、躊躇なくいける心構えにはなってる。
そして、バカな人物を助ける際にも、そいつの方は見ないで、電車から目を離さずに手探りで救助作業を進める。
無理にホーム上に上げたりしないで、線路の横ちょに引っ張り出せばいいし、その避難スペースも頭の中で確保してある。
そいつが男ならどやしつけてやればいいし、女ならささやいてやればいい。
美女なら抱きしめてやってもいい。
すでにそうシミュレーションがされてる。
しかし厄介なのが、人物が暴れたり、こっちを巻き添えにしようとしたりするパターンだ。
ギリギリまでがんばろうとは思うが、もはや時間がない、というそのときばかりは、ぶっ飛ばし、蹴りを入れて、とっとと逃げる。
そうした「もう知ったことか」ってプランBまで、ちゃんとシミュレーションされてる。
完璧だ。
そんなことを、電車を待つ間ずーっと思いめぐらしてる。
つわけなんで、この頃ではプラットホームに目を配りながら、「早く飛び降りねえかなあ」なんてうずうずと待ち焦がれたりする。
だけど、物事は常に想定通りにいくとはかぎらない。
オレはこうして死んでしまうかもしれんが、まあしょうがない。
でも、なるべく死なないようにはするつもりだけどね。
それだけの危険行為と、さらに安全確保のシミュレーションを重ねつつ、今日も街を哨戒してるわけなんだった。

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ポケモンGO、下品すぎる・・・
街なかで携帯をいじってるひとの姿だけでもお品悪く感じてるのに、あの現実盲目者たちが大挙群れなすと思うと、ぞっとするよ。
夢中になってるアメリカあたりの映像を見ても、ただのバカの集団だもんなあ・・・
日本でもあそこまでの醜悪が展開されるとは思いたくないけど、とにかく異様で気持ち悪い光景だ。
だいたい「歩きスマホ禁止」の大原則はどうなったんだ?
メディアはそこにまったく触れずにお祭り騒ぎで報道してるけど、ご都合主義もいい加減にしてほしいわ。
ひとが死んで訴訟沙汰になるまで、このメディアの「優しいまなざし」はつづくんだろうな。
ドローンももてはやされてるけど、あれがただの「遠隔のぞき見装置」だってことには、なんで誰も触れない?
問題ありすぎだろ、あれ。
絵づらをとってみても、操ってる人間ともども、ひどく見苦しい(いやらしい、と言っていい)。
なのに、この両者に対する報道のリップサーブスっぷりと、マイナス面に対する口の閉ざしようといったら、理解を超えてる。
経済を動かしてくれる、って意味から、どっちも政治的にお目こぼしをいただいてるわけだ(もっと深い陰謀の影も見えるけど)。
とにかく、特殊な力学が働いて、品性のないひとたちを活気づかせてるのは間違いない。

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憂鬱な選挙だなー・・・
入れたくなる人物が皆無。
ひどすぎて消去法すら難しい、ってセレクションははじめてだよ。
これなら、舛添さんでよかったんじゃないの?
なにもしてくれそうにないお年寄りのジャーナリストに、気が多いはしゃぎすぎの右翼女子に、東京電力の取締役だった元田舎知事・・・
宇都宮さんは忸怩たる思いで見てるだろうなあ。
でもいかなきゃならんのだ、選挙には。
次に決まった人物が、オリンピックの具体像をつくるんだもんね。
史上最悪のオリンピック、とほとんど決定したような無様なイベントだけど(いっそやんなきゃいいのに)、一応の体裁は整えてもらわないとね。
ああ、長年応援してたドクター中松はなんで出てくれないのかなあ。
あのひとなら世界に対して見栄えもするし、とてつもないオリンピックにしてくれたと思うんだよね。
とりあえず、31日の投票日に向けて、吟味。
・・・しかし、何度見返しても、ノミネートがしょぼすぎる・・・

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ダラー・ブランド・・・って名前だったんだけどね以前は、いつの間にかアブドゥラ・イブラヒムって名前になっててびっくりしたよ。
どこの生まれなんだろ?
・・・と疑問に思っても、あえて調べない。
音楽の質だけに集中したいのだ、よけいな知識に侵されず。
美術館とかにいくと、周囲のバカは「作品:わきの説明書き」に「1:10」くらいの比率で時間を割いてて、ああ、自分の感性が信頼できない人間は哀れだなあ、と感じるんだけど、も少し本質を見つめる力を培いなされ。
さてこのひとのピアノ、「アフリカンなんとか」って作品が何枚かあるところからもわかる通り、そっちの大陸のテイストが色濃く漂う音使い。
力の抜けたソロは、メロディアスでちょっとブルージー。
まさにサバンナあたりの雄大なひろがりと奥行きを醸し出す。
のんびりと気宇壮大なんだけど、あちこちにスリリングな音をにじませ、血や、戦いや、牙や、かつえ、ってものなんかまで連想させる。
オーガニックなのに、常にぴんと張り詰めてるわけ。
アフリカ大陸のあの、そこここにいっときの油断も許さない危機をしのばせた開けっぴろげさ、深くて凶暴な暗黒を秘めたあのノーテンキな明るさ、ね。
その二律背反の音、と言いたい。
それらのバリエーションが、湧き上がってはたゆたい、消え入っては立ち上がり、またたなびいて、延々と連なるわけ。
まさしくそれは印象風景のペイント。
左手でリズムを、右手でメロディラインを、ってのはピアノの鉄則。
もちろんこのひともその作法を守ってんだけど、左手のリズムは空気感と色彩を、右手のラインは現象の揺らぎを、ってドラマを演じてるんで、聴いてるとそのまま情景に引き込まれてく。
その場にちょこんとたたずむこっちの心が、背景の入れ替わりで不安定にコントロールされるような、そんな不思議な音のつながり。
そして長い長い一曲が終わると、ほーっ・・・とやっと一息つきたくなる、そんな緊張に満ちた時間を過ごさせられる。
それがまた、破綻のないうっとりと心地よい時間なのだ。

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街頭の「お願いしまーす」的な募金に五円玉を入れるひとがいるけど、ちょっとあんた間違ってるよ、と言わねばならない。
間違ってる、ってのは、人間的に、じゃなく、本当に間違えてるのだ。
神社のお賽銭箱と。
厳しい言い方をすれば(そして僭越ながら)、五円って金額に、ひとを助けたいんだ、痛みを分かち合いましょう、って想いはほとんど含まれてないと思う。
それは、財布に余ったじゃまなチャリ銭の処理にすぎない。
自己満足にもなりはしない。
いや、「入れてやったぞ」という自己満足はできてるのかもしれない。
だけど、考えてみたらいい。
災害に遭って深刻に困窮してるあなたに、五円をよこす人物がいたらどう感じるか、と。
相手はご利益を期待してるのかもしれないが、自分のことを心から想ってくれてるとは感じえまい。
厚意とも受け取れまい。
きっとあなたは、怒り出して、五円玉を突き返したくなるにちがいない。
左様に、くれぐれも間違えちゃだめなのだ、募金箱と、お賽銭箱を。
相手の痛みを少しでも感じようという募金行為なら、多少は自分が痛む程度の金額は張り込まないと(百円でいいのだから)。
あー・・・と、でもオレもおつりのチャリ銭を放り込んじゃうことあるけどね、マルエツに常設の「盲導犬募金箱」とか。
あれは確かに、霊験とご利益に期待してるな。
すんません〜。

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また補正予算だ。
やだな・・・
自民党の経済対策は、結局、莫大な借金をして世界一インフラの整ったこの国にさらにすばらしい建物をつくる、ということに尽きる。
その土木工事で潤った建設業界から、われわれ下層の民におこぼれがシャワーのようにバラまかれる(トリクルダウン、つーの?)、って理屈らしいけど、そんな話、ファンタジーだよ。
借金は、清潔に暮らしたい者にとって最も忌避したい行為なんだけど、国家にこれをされちゃうと個人では逃れようもないんで、本当に憤りたくなる。
それに、おい政府、借金返す気あんのかよ。
100万円借金をしちゃった人間は、「120万円借りても同じこと」と考えがちだけど、それは違うのだ。
100万円の借金は、80万円に減らしていこうって気がないかぎり、延々と増えつづける。
それがないと、「300万円借りちゃったら、400万円も同じこと」となり、背中の負荷に鈍感なままに奈落に落ちてくわけだ。
赤字国債ってやつも1000兆円越しちゃってるけどさあ、いくらまでは破綻しませんから、ってラインを教えてよ。
2000兆円までは大丈夫?
3000兆円までいく気?
2〜3年で100兆円ずつ積み上がってく今のペースなら、そこまでたちまちだよ。
ある日、「ごめん、今、破綻しました。ここから先は世界最貧国としてお過ごしください」じゃ、せっかくつくってくだすったピカピカの建物で過ごしにくいわ。
なんとかしろー。
つか、がまんできんかねしかし。

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オレは正直に言って、憲法の改正は必要だと思うんだよね。
ケンカっぱやい周辺国のたぎりようがのっぴきならないものになってるし、それに備えるための「武力は保持しない」的な縛りはまったく時代にフィットしてない。
軍備を放棄したところに他国が攻めてきたらどうするの?って質問に、時の宰相・吉田茂は「それを克服すべき国際的必然が生じるだろう」だかなんだか言って、つまり戦争になっても、アメリカが、国連が、よろしく対処してくれる、って論法でやり過ごしたわけだけど、もうそんなことは言ってられないくらいに国境線が侵されてるわけ。
来たるべき有事に備えるためには、憲法の文言の最小限の修正は必要、ってのがオレのスタンス。
・・・ってロジックなんで、SEALDsあたりが叫んでる「戦争ができる国にしちゃだめだー!」「憲法改正は絶対反対〜!」とは少し違う。
このひとたちは、「日本が自前で軍備」or「アメリカの奴隷になって守ってもらう」の二択からのチョイスに踏み切れないのんきさんだ(共産党の考え方、とも言える)。
武力を持つな、と、アメリカ出ていけ、とは両立しないのだ。
アメリカを中国と同程度に嫌悪してるオレとしては、もうそろそろ土下座はやめたいところ。
だけど、今の政権党におけるそのシフトチェンジは危なくてしょうがない、ってのもあり。
自民党の憲法改正案は、簡単に言えば「軍隊をつくり、いつどこでも戦争をできることにする」「国民から主権を取り上げ、国民は国家の下で言うことをきくものとする」「個人の基本的人権は考慮する必要がない」ってものなんで、まるきりお話にもならない。
それだと、結局アメリカの家来じゃん、だし、ナチスの全体主義の考え方じゃん、だし、北朝鮮の国民統制社会じゃん、なんだった。
それを隠してる上に、議論になっても政権党は「説明しない」「反対意見を突っぱねる」「そして、そっと決めていく」ってやり口なんで、怒ってるわけ。
安倍さんは、つくづくいい手を考えたものだ。
国民がそれを理解しての今回の選挙結果ならいいけど、この民意はどこに向かうのかな?
とにかく、自民党と公明党はうまくやった(隠しおおせた)。
そして、野党はまるで国民から相手にされなかった(ごまかしきれなかった)。
この結果は、目に見えてた。
それにしてもだよ、日本国民のバランス感覚ってどうなってんだろうなあ?
もう少し力を振り分けてみよう、って知恵がないかね?
トランプだって、シャッフルなしじゃゲームにならないだろ。
まあ民意なんでオレも従うけど、この先どうなっても知らないよ。

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