12・世界で最初の星、って

水素原子核ふたつが、エネルギー障壁を越えて接触し、核融合を起こして、ひとつにまとまった。
これがよく耳にする「太陽は、水素同士の核融合でヘリウムをつくり、そのエネルギーで熱く燃えさかる」というメカニズムだが、正確には少し違う。
水素原子核、すなわち陽子ふたつが核融合でひとつになると、片方の陽子はベータ崩壊を起こして中性子※1となり、残った陽子とくっついて「重水素」原子核になるのだ。
元素は、陽子の数のみで名称を決定され、陽子がひとつなら、中性子を原子核内に何個含んでいようと「水素」と名乗る。
そして中性子は、原子核内にわりとテキトーな個数が含まれる。
多くの陽子を原子核内に同居させる(つまり原子量が大きな)元素がこれ以降に現れるが、陽子たちが+電荷同士でケンカしないように、電荷のない中性子は緩衝材としてすき間に詰め込まれるんだ。
そして、そんな原子核ユニットの周囲を電子がめぐると、晴れて原子となるわけだ。
電子の数はというと、これまた原子核内の陽子の数のみによって決定される。
こうすることで、原子核内の+電荷と、周回する電子の-電荷が相殺されて中性を保ち、安定した形を取ることができる。
話はそれたが、陽子と中性子が1対1で同居する重水素原子核ができたんだった。
さらに、重水素原子核が、別の陽子・・・つまり水素原子核にぶつかって核融合を起こす。
ここで晴れて「ヘリウム3」に昇格することができる。
が、ヘリウムは陽子ふたつと中性子ふたつの「ヘリウム4」になって安定なので、もう一度核融合を進めたい。
ここでなんとヘリウム3は、同じヘリウム3とぶつかり合い、陽子2・中性子2の構成ユニットをつくりつつ、メンバーのセレクションから外れたふたつの陽子を吐き出して、ようやくヘリウム4の姿になる。※2
なんとめんどくさい手順だろう。
しかし、こうして次から次へと核融合が起き、巨大ガス塊は圧力による収縮と釣り合いを取るように中心部からエネルギーを発し、つまり内側からふくらむ力を発揮しはじめ、天体全体が輝いて、ファーストスター、つまり宇宙最初期の太陽が出来上がる。

つづく

※1 陽子⇄中性子が姿を変えるベータ崩壊には、電荷の問題から電子やニュートリノ、さらにそれらの反物質が関わってくるが、ここでは割愛する。
※2 ヘリウム4はとても重要な原子で、核融合、核分裂、放射性崩壊など、あらゆる状況で立ち現れる大忙しさんなので、特別に「アルファ粒子」という別名を与えられてる。

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11・核融合、って

水素分子がおびただしく集まった巨大なガス塊は、今やぼんやりとひとつの天体を形づくるほどの規模だ。
その奥深くにある中心部の一点は、刻一刻と密度を増す。
ガス塊全体の質量が集中してのしかかり※1、圧力と温度がとてつもないまでに高まってる。
そんな環境で、電離してむき身にされた陽子・・・いや、ここではあえて「水素原子核」と呼ぶけど、それらは激せまのエリアを強振して飛び交い、今にも衝突し合いそうだ。
しかし、電子を手放した水素原子核たちは、本来の+電荷を帯びてるせいで、お互いにクーロン斥力によって接触を回避し、すんでのところですれ違う。
ところが、ここでまた量子の持つ波動関数、すなわち確率の問題が浮上する。
電磁気力の壁に跳ね返されるふたつの水素原子核だけど、そのエネルギー障壁を乗り越えるトンネル効果・・・つまり、ふたつが触れ合えないはずの位置にも存在確率を持ってるために、果てしない回数をすれ違ううちに、たまに触れ合うものが出てきてしまう。
たっち!
ついにふたつの水素原子核が触れ合うと、今度は例のグルーオン、つまり超近距離にしか効力を発揮しないがとてつもなく強い引力が、相手のクォークを引き寄せ、絡め取る。
重力<電磁気力<グルーオンの引力、なんだ。
するとどうだろう、触れ合ったふたつの水素原子核は、ころりとひとつにまとまってしまったではないか。
同時に・・・
どかーん!
これこそが、すさまじい爆発をともなう核融合だ。
読んで字のごとく、原子核同士が融け合い、新しい原子核をつくったわけだ。
こうして、陽子ひとつの水素(原子番号1)から、陽子ふたつのヘリウム(原子番号2)に変身!
・・・かと思いきや、ややこしい話がまだある。

つづく

※1 重力とは、質量が物質中心部へ加速するベクトルを言うのだから、その芯は、物質本体を構成するすべての質量をかついでるに等しい。

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10・天体の形成、って

万有引力は、グラビトンという量子場が物質(この場合は水素分子)に働きかける相互作用によって生じる。
この別名「重力」って現象の根本構造は現在もまだ未解明なんだけど、一般相対性理論が記述するところによれば、それは「質量を持つものの周囲に発生するゆがんだ時空間に落ち込む加速度」みたいなことになってる。
水素分子たちは、小さいながらも素粒子に比べれば大層な質量を持ってるわけで、グラビトン場に小さなデコボコ、すなわち時空間のゆがみをつくる。
そのへこみへの落ち込みを拒んでた電磁気力の問題も、陽子と電子が同数のチームをつくることでクリアとなり、中性の水素分子たちはどんどんと大きなへこみに集まっていく。
水素分子が集団を大きくすればするほど、グラビトン場のへこみは深い谷となっていき、そこへ落ち込ませようという加速度(重力)は強大なものとなり、さらに多くの水素分子を引き寄せ、束ねていく。
こうして、集団形成は倍々ゲームで加速し、影響は広域化し、分子の固まりは巨大化かつ高密度化し、やがて熱を帯びるようになる。
物質とは、思い返せば量子の振動そのものなんで、振幅できる領域が狭まれば狭まるほど強く振動し、それはすなわち熱くなるということなんである。
今や水素分子の集団は、星雲と名乗れるほどの規模のガス塊にまで成長を果たした。
その押し合いへし合いの深層部の密度、そして温度ときたら、尋常ならざるものとなってる。
なにしろその芯には、天体一個分もの重量が集中してかかってるんだから。
そんな水素分子の大集団の奥深くで、例のプラズマ状態が発生しはじめる。
これはまるで、あの高温・高圧状態だったビッグバン直後の環境へと時間が巻き戻されたかのようだ。
せっかく原子という形で物質になった水素だけど、あっちっちになって再び電離・・・つまり水素原子から電子が剥がされていく。
水素原子核・・・つまり陽子は、以前にそうだったように、単体のむき身にされた。
密度はますます高まり、陽子たちは集団の中心の牢獄のように小さなエリアでお互いに強烈に振動し、あっちっちでむぎゅむぎゅの超緊密な裸祭をはじめた。

つづく

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9・原子から分子に、って

物質をつくるには、+電荷の陽子だけじゃ絶対ムリだった。
だって、陽子同士お互いに結びつこうったって、近づけば近づくだけはじき合ってしまうんだから。
触れ合うなんて、ほぼムリ!※1
結局、陽子たちは宇宙空間中にくまなく展開しながら、隣近所のご同類と反目し合い、それぞれに断固として孤立を貫きつづけるしかなかった。
ところがなんという幸運か、陽子は−電荷の電子を自分の引力圏に引き込むことに成功したんだ。※2
これならふたりでプラマイゼロ・・・セットで中性のテイを取ることができる。
引力も斥力(はじく力)も完全に相殺され、今やあらゆるくびきから解放されたフリーランス状態だ。
こうなると、これまでクーロン斥力の影響の裏で存在感の薄かった万有引力、すなわち「質量を持つもの同士は引き合う」法則が効力を発揮しはじめる。
陽子いっこと電子いっこが結び合った水素原子は、お隣の同じく水素原子を引き寄せ、同時に引き寄せられ、距離の逆二乗則に従って、近づけば近づくほど引き合うわけだ。
ちょん・・・
ふたつの水素原子は、ついに触れ合う。
触れ合った途端に、こっちの電子はあっちの陽子の引力圏に捕らえられ、こっちの陽子はあっちの電子を引力圏に捕らえ、一体化する。
ぺたーん!
なんという精妙な引力の絡み合い。
陽子ふたつと電子ふたつが、あっちの子とこっちの子とで両手をつなぎ合う、平和極まるダブルデート状態だ。
ふたつの水素原子は、チームとしてひとつになった。
すなわち、「水素分子」の誕生だ。

つづく

※1 実はムリでもない。核融合という手がある。
※2 陽子が電子の波動の中に抱え込まれた、と見ることもできる。質量比で1800対1という体格差がある陽子と電子だけど、力関係においては「+1」と「-1」とでまったく対等だ。

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8・原子の姿、って

逆電荷が引きつけ合い、同電荷がはじき合うという、電気による磁石のような効果を、クーロン力という。
陽子(+)と電子(-)はクーロン力でお互いに引き寄せられ、くっつき合う・・・かと思いきや、まんま磁石のようにはくっつかない。
電子は、ほぼ光速というとんでもないスピードで飛びつづける定めなので、陽子の引力圏に取り込まれながら、角運動量による遠心力で、陽子の・・・つまり水素原子核の周囲をぐるぐると回る軌道に安住の地を見出す。
元素周期表の筆頭、輝かしい背番号1をつける水素原子の出来上がり!というわけだ。
こんな様式で、原子核の外側を(惑星をめぐる衛星のように)周回するのが、原子の古典的なモデルだ。
ところが、例によって量子的な実相はそうじゃない。
量子物理学の説明によれば、電子は原子核の周囲を「回る」ことはしない。
確率的な軌道上のあちこちいたるところに分身したかのように同時にいるし、どの位置にも姿はないとも言える。
つまり、運動量があるためにそこに存在してるとは言えるんだけど、肝心の実体はどこにもなく、いる場所を特定しようとすると運動量が無限大となってパンクしてしまう。
素粒子とは、不確定性原理と波動関数という純粋数学上の存在なんだ。
無、なんであり、そこには計算式があるばかりなんだ。
が、確かに電子は実在する。
エネルギーという形式で質量が割り出せるので、そのへんにはいる、とするしかない。
そこで仕方なく、最近の原子モデルでは、電子は原子核を取り巻く雲として視覚化される。
この雲の形は、波動方程式の解を座標化して集合させたものなんで、「電子がいると思われる場所」を確率的に表すには正確なんだけど、言ったようにそこに電子はいるともいないとも言えないわけで、まあこの先は哲学の領分に入るんである。
とにかく、そんな形の水素原子ができたんだった。

つづく

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7・物質の誕生、って

ビッグバンによって、特異点から素粒子とともにとんでもない熱が放出され、膨張をつづける宇宙空間に拡散していく。
超高温下では、電子は激しく震えてプラズマ状態※1をつくり出し、要するに電子レンジの中のような大暴れをして光の直進を妨げる。
「光」とは、光子という素粒子が収縮して位置を取ったやつの航跡の、ぼくら観測者サイドの脳内における見え方だ。
が、この頃の光は少し様相が違ったようだ。
ビッグバン直後の煮えたぎった光のスープは、この航跡が電子とこんがらかった状態なんだ。
それを観測者は、「光がつくりだす曇り空」という矛盾したデッサンしかできない。
こんがらかりすぎて、光の波を検出することができないから、曇り空というわけだ。※2
しかし、スペースが広大になるにつれて光の波長は間延びし、電子は落ち着き、温度は下がり、プラズマ状態がそろそろ解消されつつある38万年後、という頃合い。
ついに光は電子から放免され、直進を開始し、すっきりと晴れ上がった宇宙空間をつくりだす。
これをわれわれ観測者は、そのまま「宇宙の晴れ上がり」事件と呼ぶ。
光がもつれ合いから解放されたということは、すなわち、電子側も自由を獲得したことを意味する。
ぼくら人類は、このイベントに興奮すべきだろう。
なぜなら、宇宙空間に、陽子と電子が出会う舞台が整ったのだから。
こうして、+1電荷を持つ陽子は、-1電荷という奇跡の相性を持つ電子と、運命的に結ばれるに至った。
この世界で最初の物質となる「水素」が誕生した瞬間だ!

つづく

※1 逆かな。プラズマ状態が電子を振動させて陽子から剥ぎ取る(電離)、という順序の方が自然かも。
※2 138億光年先にある138億年前の光景を見たいがために、人類は遠くまで見える望遠鏡をつくる努力を重ねるが、ビッグバン直後の光、すなわち最初期の宇宙の姿は、素粒子たち(場)がごちゃごちゃに入り組んでることから、カオスとしてしか見ることができない。そこで、光子の波とは別ものである重力の波、すなわち「重力波」を捉えてその頃の様子をのぞき見ようとしてるのが、最新の宇宙物理工学なんである。ビッグバンの特異点は、以降に宇宙中の物質を構築する全質量の塊なので、とてつもない重力を持っており、検出するにはおあつらえ向きなのだ。

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6・宇宙の大構造、って

ぼくらの物質世界は、ぼくらの観測によって成立してる。
思慮深き量子力学が描く(ぼくらの世界の裏に隠れた)実相の世界は「無」みたいなものであり、マボロシのような「場」の交差であり、その綾たる相互作用をぼくが「観測」することによってぼくの脳内に世界が立ち上がる・・・という層構造になってるんだった。
とにかくこの世界は、ぼくらが「見る」ことによってはじめて、物質としての形を獲得するのだ、とそろそろ納得しようではないか。
というわけで、できたての宇宙空間に展開する、おびただしい陽子群だ。
(観測上の現象として)膨張をつづける宇宙空間に、碁盤の目のような区画を引いてみる。
そのひとつひとつのエリアに、ひとつひとつの陽子がきれいに並んでる。
インフレーションによって発生した最初期世界は、無限に小さく、無限の圧力に満たされていたため、素粒子は超絶正確な隊伍に整列(エントロピー最小状態)させられた。
万有引力による全方向がんじがらめの上に、陽子の持つ+電荷がお互いを斥力で遠ざけようとするため、この方陣は永遠に乱れることがない・・・はずだ。
ところが、その裏側に控える量子場では、素粒子たちが波間に浮かぶうたかたのようにかつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし。※1
引かれた方眼のバックヤードで起こってるのは、不確定な出現確率であり、コヒーレントなもつれと重ね合わせであり、要するに素粒子たちの気まぐれによって、わずかながらも激しい揺らぎが発生するんである。
こうして、万有引力と電荷の斥力の均衡を破って不安定になった隊伍は、たぶんファンデルワース力※2なんかによって密度の偏りを増幅させ、あっちで固まりをつくり、こっちでスカスカの部分をつくり、やがて大きなチーム同志に分かれ、対抗戦のような宇宙の大構造をつくっていく。
さあ、そこでついに現れるのが、電子だ!
うわはー、世界が形づくられていく予感がしてこないか?

つづく

※1 「方丈記・鴨長明」は、動的平衡の古典表現。
※2 電荷が偏ると、その偏りを修正しようとするカウンターの電荷の振る舞いが発生するせいで、余計に電荷が偏ってく感じのやつ。

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5・平衡宇宙、って

何度も言うけど、ぼくらには、量子の振る舞い(現実の世界)は「人類の感覚と神経系が独自に解釈する画づら」、すなわち自分の脳内につくりだすオリジナル世界の範囲でしか理解できない。
ぼくらの外側(ぼくらの肉体も含めた)には、実体のない「場」があるばかりなのに、ぼくらの生物としての身体機能(を総合する脳)はそこに三次元空間を立ち上げ、素粒子というつぶつぶを見出して・・・というよりは、想定してるだけだ。
まあ主観的で一方的な事実として、ぼくらはそこに色と形と手触りを感じてるんだからなんの問題もないわけだけど、そのバックヤードが「無」であることは、風景想起の根底に納めておこう。
さて、ビッグバン後の宇宙空間がひろがってきた。
そこには波動関数が規則正しく波打ち、のちの人類が観測するところの陽子(水素原子核)が完全に等間隔な隊伍を組んで展開してる。
慣性の法則によれば、動きはじめたものは動き出した方角に向かって等速直線で永遠に動きつづける。
つまり陽子の隊伍がそのまま放射状に行進をつづければ、世界は陽子を正確な三次元方眼状に並べた平衡状態を保ったままひろがっていくはずだった。
そして、物質の誕生はおろか、わずかな変化をも含めた何事も起こり得ないはずだった。
が、慣性の法則には、ただし書きがある。
「他から力を加えられないかぎり」という。
その「他からの力」というのが、万有引力だ。
陽子は、小さいながらも質量を持ってるのだ。
とは言え、「質量を持つもの同士は引き寄せ合う」というこの法則は、パーフェクトな平衡状態においては、力を相殺されてしまう。
個別の陽子は、全方向から等しい万有引力の効果を求められており、奇しくもニュートンさんが第三法則に組み込んだ「作用と反作用」が完全な形で機能したかのように、陽子の隊伍は平衡状態に固定されてしまうわけだ。※1
ところが、量子場は確率の存在であり、永久不変を許さないゆらぎまくりの性質を持ってるんだった。

つづく

※1 相対性理論によれば、宇宙はがんじがらめな平衡状態を維持できず、素粒子間の引力が宇宙の膨張を収縮へと逆転させ、やがてビッグバン時の特異点に収斂(しゅうれん)させる「ビッグクランチ」に向かうはずだ。※2
※2 が、「平衡じゃない宇宙なんていやだ!」とアインシュタインさんは考え、重力理論の計算式に宇宙定数というものを組み込んだが、宇宙膨張の証拠を突きつけられて「しまった、余計なことをした」と悔やんだんだった。※3
※3 が、最新の宇宙空間加速膨張の観測と、当時知り得なかった宇宙中にひろがるダークな質量の存在が明らかとなり、「アインシュタインの宇宙定数、ファインプレイじゃね?」という空気になってるようだ。

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4・わかりやすく、ったって

よめはんが「じぇんじぇんわからにゃい」「ねむくなった」と言うんだけど、そうだろうなと思うので、もう少し噛み砕いて説明を試みるものなり。
というわけで、ビッグバンに先立つインフレーションでできたのは「現世」という針の先ほどの穴で、その一点に突如として、素粒子を生み出す量子場が折り畳まれ、充填されたのだった。
量子場には、質量というエネルギーがみなぎり渡ってるんで、それのつくり出す重力が出来たての小さな小さなピンポイントの位置情報をゆがめ、世界の容積を膨張させていく。
そしてついにビッグバンがポンと爆ぜるわけだが、ここで魔法のカーペットたる量子場がひろげられる。
生まれたての宇宙空間全体に、ミストの噴出口のような量子場がすみからすみまで張りめぐらされて、いつどの位置から素粒子が出現しても不思議でないつくりとなった。
その出現確率こそが「波動関数」というやつで、波を打った関数のピークから素粒子は(反素粒子と対となって)吐き出されるが、ピークでない場所から不意に吐き出されることもある(なにしろ確率なもので)。
かくも量子とは、われわれ人類には抽象的に思えるからくりなんだが、こいつをどう観測して概念化するかで、受け取る側にとっての世界の形は変わってくる。
たまたまわれわれ人類の感覚受容と神経系はこれを「時間と三次元空間」と解釈し、クォーク場とグルーオン場の相互作用を「物質」ととらえて、目に見え、手に触れられるように機能を進化させたわけだ。
ところがそのバックヤードにまわると、舞台上で目に見えてたものは、一箇所に偏った素粒子の塊にエネルギーがどう吸収されて反射されてるかの道すじを感覚器がどう受け取るかの問題であり、その手に触れて実体と思えてたものは、手に取ったものの素粒子間の電磁気力と自分の手の平の持つ電磁気力との間に発生する反発力の問題であったのだ、とわかる。
要するに人類は、「量子場の振る舞いを感知できるように自分サイドの感覚機能を操作した」のであり、したがって脳内に立ち上がるその世界は、自分だけが感じ取れる(あるいは勝手につくり上げてる)幻想なんだった。
さて、出来たての宇宙空間に戻るが、そんな量子場が・・・まだ誰にも観測されることなく、解釈をされたこともない、実体を伴わない素粒子たち(波動関数の波)の大集団が、のちに人類が宇宙空間と呼ぶことになる幻想界に、広々と展開をはじめたんであった。
・・・やはりじぇんじぇんわからにゃいか・・・

つづく

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3・量子場の展開って

ひろがりつづける宇宙空間に、おびただしい陽子が大展開・・・と、われわれ人類の感覚器は情報を受容し、脳機能で描写(解釈)するが、実際の画づらはどういうものなんだろう?
最先端の科学が言うところでは、インフレーションの特異点の中にあらかじめまるめられ、宇宙開闢の際にひろげられたのは、量子場だ。
つまり、はたくと素粒子を飛び出させる、実体のない魔法のカーペットだ。
クォーク場、グルーオン場、ヒッグス場にボソン場に電磁場にグラビトン場・・・様々な素粒子と「力」を生成・消滅させるカーペットが、三次元の綾として時空間内に織り込まれ、多様な相互作用を起こすことで、物質世界が築かれていくわけだ。
誕生したての時空間には、まだ物質は存在していない。
場の正確な方眼に区切られた各エリアに、ひとつひとつの素粒子を生み出す波動関数のピークが設定されてるだけだ。
が、このおびただしい関数が炸裂することで、きれいに目のそろったハニカム構造のような陽子の隊伍が組み上がる。
この最初期の状況が、エントロピーの最小値の姿と言える。
さて、タテ・ヨコ・奥行きに一定の距離を置き、一様に並んだ隊伍は、空間膨張の勢いに乗って展開しても、なにも仕事はできないはずだった。
同じ比較距離のまま相似形にひろがり、散開し、遠い未来には離れ離れになるはずだった。
どのタイミングでも物質は構成されず、天体は形づくられず、生命も永遠に生まれ得ないはずだった。
が、幸運なことに量子とは、もつれ、重なり、揺らぎ、ラプラスの悪魔※1を笑いのめす「確率論」の存在だ。
そんな確率が、われわれの宇宙をつくった。
つまり、各自に放射状に進むはずの陽子たち・・・すなわち水素原子核たちだが、お互いに離れ合いつつも、どこかにおいてはくっつき合うという可能性、すなわち確率も持ち合わせてたのだ。

つづく

※1 質量、位置、方向と速度の初期値が未来を決定づける、という運命論。

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