私は、教育関係の仕事をしています。

社会に出たときのために、指導・支援したいことはたくさんあります。
本人に伝えて、解決できるなら、それが一番です。
個に合わせて支援し、個の力に応じてできるようにすることが私たちの役割です。

ただ、子どもたちの能力や実態によっては、本人だけでなく家庭の協力も必要になります。

例えば、子どもたち本人に、「ハンカチとティッシュは身に付けましょう」と伝えたとき。
単に忘れてしまうのなら、本人へのアプローチが可能です。
難しいのは、ハンカチとティッシュが家庭で用意してもらえないとき。購入できないとき。
子どもたちに責任を求められません。
家庭の協力がなければ、ハンカチとティッシュを持たせることは難しくなります。

家庭に全く関与してもらえないとき、どこまで自分がやるべきか、とても悩みます。
モヤモヤして解決できない一番の悩みです。
同僚のなかには、家庭に代わって、買ってあげる方もいます。
私はそこまではできない。
子どもたちの私情にかかわることに、お金は使わない、が、私なりの線引きです。
やっていいものか、責任を取れる立場ではないし、私が一生面倒を見られるわけでもないからです。
また、来年の担当に引き継いだとき、してあげることが過度すぎると、負担になる。
社会に出てからは、手放すのです。
支援の考え方からしても、何でもやってあげるのは、家庭の依存を増やすだけ。実行するのは家庭で、その過程のサポートをするのが私たち。
家庭の肩代わりをし続けることはできないのです。
やってあげるのではなく、やり方を教えるに留まらなければ、生きていく術が増えません。

という自分の考えはもっているのですが。
私が「家庭の問題」と何もできずにいるとき、手厚く支援をしてあげる方が近くにいると、私は何もしていないように思えてしまいます。 
周りからもどう思われているか、とても気になります。

この支援の程度の違い、ぶつかる度にモヤモヤします。
そして、モヤモヤはどうしたって晴れません。
自分なりの線引きや基準をもつことが、解決の糸口なのでしょう。
昔よりは、思うところは軽くなりましたが、自分の方針だと自信をもって言えるまではまだまだ至りません。