一人でジャスコの店内をぶらぶら見て歩きをしていたある日、ヨーロッパ製高級調理具のショーケースを覗き込んでいると「いかがですか?」と店員から声を掛けられた。私が日本人であると分かったのだろうか。30歳ちょっとの美人さんだった。かなり上手な日本語だったので、どこで覚えたのかを聞いたら兵庫県の製麺会社の研修生だったと言う。名前はハク・シュウエイと名乗った。私も日本語を教えに来ていることを話した。それから1週間ほどした買い物の時にその売り場に寄ってみると何人もの店員が興味深そうに集まって来て日本語を聞きたがっていた。その時逆に私はハクさんに中国語を教えて欲しいと頼んでみたら二つ返事でOK、彼女の非番の時にジャスコの店内のフードコートのテーブルで”授業”を受けることになった。学生の家庭教師の相場は2時間で50元(当時の為替で600~650円)だったが、彼女は社会人でもあるので70元でお願いした。”授業”は教科書などで進めるのではなく、私の質問に答えてもらう形を主体にした。彼女からは日本人が苦手とする中国語の発音を厳しく指導してもらった。ジャスコの彼女の職場はほどなく閉鎖となって転職し、私は冬休みに入って長期の中断となったため”授業”は10回ほどで断ち切れになってしまった。滞在中続けていたら結構中国語が上達したように思うと残念である。ただハクさんとはその後も親交が続き、彼女の叔父さんが社長をしていた研修生派遣会社を紹介してもらい5人の私の教え子がお世話になって日本にやって来た。また日本に研修中だった彼女の姪の紹介を受け、私が日本帰国後に東京見物などのお世話をさせてもらったし、ハクさん並びにその姪のケイ・コウエンとは今でもメル友である。

  
 ジャスコの売り場で/転職後のデパートを訪ねる/家に招かれご家族と一緒に