2011年3月11日14時46分、岩手県・宮城県・福島県を中心とする東北地方一帯に激震が襲った。
多くの国民がまだ鮮明に記憶している東日本大震災である。
私は中国での日本語教師生活を終えて帰国後100日ほどした時で、その時間は家内と共に自宅に居てテレビを見ていた。
東京の我が家、コンクリート4階建ての2階に居ても激しい揺れがあり、強い恐怖感を覚えた。
その後、刻々とテレビがリアルな状況を伝えて来た。中で一番衝撃的で未だに脳裏に残っているのが、津波が巨大な黒いアメーバのように地面を這って大地に広がって行く上空からの映像である。近辺の路上では車が逃げ惑っていた。

その後は皆さんのご承知の通りだが、私が被災現地を訪れたのは3年後のことであった。
「キッズ ナウ ジャパン=みやぎ復興応援隊 」というNPO法人で被災現地支援活動団体の活動に応募した。私の親しい知人が募ったバスの一団に参加したのである。
主目的は細川護熙元首相が提唱する「千年希望の丘」植林活動であったが、併せて震災後の現地案内を受けた。

まだ復興途上で荒涼と広がる津波被災地帯などガイド嬢から色々案内を受けた中で今でも保存してあるのが、視察先の一つの学校からいただいた津波の恐ろしさを写した写真である。
今回はそれを添付し、改め 大震災の猛威を実感したい。

【写真】津波に飲み込まれ閖上(ゆりあげ)中学校の校庭に流れ込んだ夥しい数の乗用車と、命からがら3階のベランダに避難した生徒たち。時間は地震発生から1時間26分後とある。