今日(23日)は秋分、外は好天だが真夏日の暑さになった。昨日10試合ぶりの45号ホームランを打った大谷選手、今日は4四球と勝負してもらえず快音は出ずじまいだった。

    何日か前の晩、我が家の近くで火事があったようだ。「ようだ」と言うのは炎や煙を目撃したわけではないし、消防車のサイレンの音も聞こえなかったからなのだ。その日の夜のネットニュースで三鷹市で火事があったことを知ったが、火災のその時間に15台出動したとされる消防車のサイレンの音は全く聞いていない。翌朝のネット検索で産経新聞の記事として、隣の丁目の5階建てマンションの火災で高齢者の住民2人が亡くなったことが分かった。確かに隣の丁目一帯には5階建てマンションは数多く、それでは場所の特定はできない。更にその翌朝の購読紙朝日新聞の地方版に小さく記事が載っていた。実に遅い記事なのだが、それによるとマンションの一室の一部(約5平方メートル)が焼けて、2人暮らしの高齢者夫婦が亡くなった、と名前入りで報じた。
    幸い知り合いではなかったが、近隣の火災の情報が翌々朝までよく把握できなかったことと、深夜ではなく午後8時半頃の時間帯での5㎡程度の火災で2人も亡くなったことがどうも腑に落ちなかった。


   前号で中国の恒大集団の経営危機とマンション・バブルについて書いたが、私が中国で垣間見たマンション・バブルとその破綻の光景を紹介したい。ただしこれらの写真は同じ時期、同じ地方のものではなく、時期や地方を異(こと)にして、こうした光景がまだら模様で見られたのである。

(左)開発予定地には巨大な看板にこのような夢の計画が描かれていた
(右)土地が掘り返され、マンション建設工事が始まった都市部の一角

(左)見えて来た市中の完成近いマンション群
(右)こちらは新幹線沿線に完成した郊外のマンション・タウン



(左)建設工事が止まってしまったマンション団地
(右)止まった工事現場には人っ子一人おらず、閑散としていた