新型コロナ感染が鎮静化したとして外出自粛などが解除され、頭の中の鬱陶しい雲が少し晴れたと思いきや、ここ数日東京では新規感染が日に20人ー30人ー50人とぶり返しの兆しが出て来て、怪しい雰囲気であった。そしてそれが今日(2日)は100人超になったという。
   全国的な感染再燃には至っていないし、検査・医療体制は一時の崩壊寸前の状況から脱していると言われるが、欧米・南アでの猛威の状況を見るにつけ鬱陶しさが増す。


    先日このブログで「いのちを見つめて」という講話集のCDの広告に「アルフォンス・デーケン」さんの名が並んでおり、 私はそのデーケンさんとは60年近く前の高校時代に交流があったことを書いた。そしたら、「デーケン先生が語る 40代までに始めたい『死への準備教育』」という週刊朝日の記事のコピーが棚のファイルから出て来た。2011年2月4日号、つまり東日本大震災と原発事故のひと月ちょと前の記事である。記者のインタビューによる”紙上授業”というスタイルを取っているが、その内容を以下簡単に紹介してみたい。

   1)1970年代から日本で「死への準備教育」に先駆的に取り組んで来たが、当時から5つの大きな変化が起きた。➀ホスピス(終末期ケアを行う施設又は在宅ケア)が進んだ  ②脳死と臓器移植についての理解が大きく進んだ  ③「生と死を考える」活動に賛同する会が全国に広がった  ④メディアが「死」というテーマを多く扱うようになった。例えば映画で「おくりびと」や「おとうと」などが成功した  ⑤中学や高校で生と死の教育が行われるようになった

2)人は誰もが幸福を願っているが、それを妨げるのが身近な人の死による喪失体験である。死はだれにでも訪れるのに、死をタブー視して遠ざけていれば心の準備のないまま死と向き合うことになる

3)「死への準備教育」で重要なのは親しい人との死に分かれる時の喪失の悲嘆ケアと悲嘆教育が必要である⇒そのことにより自分の死への準備が進められる

4)人は中年期になると息のあがったマラソンランナーのように疲れてしまいがちである(=中年の危機)。死への準備教育は残された時間の尊さを意識し、毎日を大切に生きる教育でもある。

5)中年期から準備する6つの課題がある。➀執着(=物欲、肩書きなど)を断つこと  ②許しと和解  ③「ありがとう」⇒介護などに感謝の気持ちを表わす  ④「さよなら」を告げること。 旅立ちへの礼儀  ⑤遺言状の作成。遺言は冷めたい法律的手続きではなく、家族への思いやりの表現  ⑥自分の葬儀の方法を考え、周囲に伝えておくこと

6)死後の世界や永遠に対する希望を抱くことは人間にとって大切なエネルギーとなる。また死について自分なりに学び、死生観を身に着けるためにユーモア感覚が大切である。

※皆さんの参考になるところが一つでもあれば幸いである。