昨日は、放射能についての不安や相談が放射線総合医学研究所に殺到していることを取り上げた。
   今日はオピニオン欄に載った「放射能事故 あらゆる政府は黙り込む」という記事が目を引いたので紹介する。投稿者はチェルノブイリ原発事故の際、現地で救命活動にあたった米人医師で、その時の経験と福島原発の事故を比べて、政府の反応も、人々の反応もよく似ていると言う。興味深い部分を要約して紹介し、私の所感を添えてみたい。

   「原子力事故はいつも突然起きる。どんな政府であれ、原子力問題に慣れていない政治家が、根底を理解することなく対応せざるを得ない。このため、ソ連であれ他の国であれ、あらゆる政府は放射能の事故が起きると、まず黙り込むか、否定する。」・・・なるほど、そんなものか。

   「日本をみても、放射線量について”心配のない水準である”と説得力をもって国民に説明できる人が政府内にいなかった。」・・・そうだな、官房長官が毎日のように記者会見で発表することはどんどん信憑性がなくなって行った。

   「放射能危機は世界中が監視している問題だから、いずれ政府は情報を出さざるを得なくなる。チェルノブイリの場合もソ連政府は否定したが、国民に知れてしまい、一転して大量に情報を垂れ流すと、国民は情報を処理し切れず、かえって混乱を助長してしまった、これは日本も同じだった。」・・・?、日本ではメルトダウンなどの深刻さの把握や公表は遅れたが、事故の事実は覆い隠しようがなく政府も直ちに発表したし、その後大量の情報で国民が混乱したことはなかったはずだ。むしろ情報が十分でないことが憶測を呼んだり、百家争鳴に陥って混乱を招いていると言える。

   「誰だって放射能のことはよくわからない。人々の不安は普遍的なもので抑え込めるものではない。このような場合、人々は政治家よりも医者を信用するものだ。」・・・それはそうだろう。  政治家はいろいろな思惑やしがらみの中で動いているし、一人ひとりの不安や悩みに答えられない。一方医者の方は目の前の個人(患者)と向き合って話を聞き、答えを出してくれる。違いは歴然としている。
  実はこの『政治家よりも医者を信用する』という部分が、私の昨日のブログの記事に大きく関係していると思って、今日取り上げた次第である。

   最後に「福島原発事故の後、日本人の態度や行動に変化が起きた。人々は自ら声を上げ、不平も口にするようになった。短期的には社会に不和や分裂を生むかもしれないが、長期的には民主主義を成熟させる可能性も秘めている。」と結んでいるが、私は思う。今国民みんなが意識改革をし行動しないと、国民の代表である国会や政府がいつまで経っても変わらないと。  みんな今の政府・国会で満足しているのなら別だが。


[今日の花]

キョウチクトウ(夾竹桃)
  
花は6月と真夏に咲く。公害に強い花木として、高速道路や工場の植え込みによく利用されている。花の色はいろいろあるようだが、写真は井の頭公園での紅色と白。