中国での日本語の教え子が9人、研修生として昨年から日本に来ていて今回の大地震に出遭った。 

 研修生というのは今正式には「外国人技能実習生」と呼ばれる。日本の企業等で仕事を学ぶ傍ら、日本での生活を通じて日本語の習得・向上を目指すものである。
 私も彼ら・彼女らに日本語を教えた者として、この研修経験により日本語が向上し中国に帰国後の仕事や生活に生かしてほしいと願い、日本滞在中は極力バックアップに努めたいと考えて来た。
 教え子のほかにも、中国の知人に縁の研修生とも知り合い、同様に日本での研修、生活を有意義に過ごしてほしいと願っているところである。

 そんな折に、未曽有とも言える地震と津波、そして原発事故である。
 地震から1ケ月以上たった現在も、これらに関する深刻な状況が毎日報道されているが、3月11日の地震では日本にいる研修生は一様に恐怖に震えたと言う。
 何せ地震というものをほとんど経験したことがない中国人である。地震多発国の日本人ですら恐ろしかったわけだから、恐怖のほども分かろうというものだ。
 そして引き続く大津波、あってはならない原発の事故、まだまだ続いている余震・・・、もう研修生たちは不安に怯えてきっていた。
 本人の不安に加えて、中国の家族からは帰れコールの嵐である。
 中国では原発事故の当初から重大視・深刻視する報道がなされ、今日本全土が核汚染の危険な状況にあるとの認識に染まっているのだ。
 私はそうした誤解や過剰反応を払拭して、少しでも研修生の不安を和らげることに腐心して来た。

 ところが、この地震の深刻な影響が研修先の職場にも押し寄せている。
 千葉県房総の有名ホテルは地震後の来客不振から休業に追い込まれ、そこで研修中の4人が中国に帰国することになった。
  3月下旬に慰問に行った時は、余震と原発の不安、家族からの帰れコールがあるものの「最後まで研修を続けて、予定の6月に帰国する」と口を揃えて言っていたのだが、4月10日に故郷へ旅立って行った。
 北海道で2人が研修しているホテルもやはり休業となり、まだ決まってはいないが懸念される状況である。つい先日交流サイトに研修生から「安全です」という書き込みがあったので、ちょっと胸をなで下ろしたところでもある。

  栃木県の大手光学メーカーは、自工場のダメージではなく部品メーカーからの入荷が途絶えたため操業が停止した。操業復帰は5月との見通しで、このため160人いた中国人研修生から帰国希望者を募ったところ、110人が帰国を選んだそうである。残る50人は操業再開を待って、研修を続けるとのことで、私の知り合いの研修生も残る決断をした。
 一方、3人が研修中の長野県のホテルは客足が減ったものの、古くからの贔屓の常連客に支えられてか、幸い営業は続けられている。
 先日慰問方々泊まりに行って来たが、研修生たちの表情も明るく「ここは安全ですから」と家族の反対を押し切った決意を語っていた。

 そして、これから新たな研修生も迎えることになる。
 栃木県と静岡県に分かれて大手の中食企業で研修する3人が既に中国内での研修・訓練を終えて、ビザの発給を待って待機しているところである。
 当然日本の状況は知っており、家族の反対も受けているが固い決意で来日を決めており、私との再会も楽しみにしている。私も最大限の日本でのケア、バックアップを考えている。
 また別の一人が熊本県の選果工場での研修が決まった、と便りがあった。
 これからも研修生との交流が続く。

  
     地震後休業に追い込まれた房総のホテルと帰国をした4人の研修生たち 



 
 こちら長野の老舗温泉ホテルは震災に負けず、3人の研修生たちも明るく元気であった



 
  
   栃木の光学メーカーは操業休止中、その間にも花見と東京見物を楽しんだ


 
        訓練基地(上)での研修訓練を終えて、来日待機中の3人