今、日本全国から地震・津波の被災地に向けて生活必需品等の救援物資が送られている。
 わが町でも、市と地元団体がタイアップして救援物資を集め、被災地に送っているところである。その為、市や当該団体の職員のほか市民から広くボランティアが集められた。
 私も加入しているシニアの組織から募集があったので、これに応募して4日ほどボランティアに参加した。

 すでに地元団体がネットワークを通じ、東北の被災地の4地方を受け入れ先として、具体的に必要物資が細かく決められていた。それに基づき市の広報などを通じて市民に供出を呼びかけた。

  スタートの日は冷たい風が強く、集まったボランティアに挨拶する市長の姿はいかにも寒そうであったが、みんなの表情はやる気に満ちており、自らを鼓舞するように大きな拍手で応えた。

 ボランティアの総勢は分からないが、毎日2交代でそれぞれ50人くらいいただろうか。
 平日は私を含めてやはり年配の人が多かったが、若いボランティアも交じり、特に最終日の今日は日曜日とあいまって中学生の野球チームが大挙参加して150人ほどとなり、”仕事”がはかどった。
 ”仕事”は救援物資を運びこむ人たちの応対と品物の受付、検品や仕分け、そして箱詰めして出荷しやすいようにカテゴリー別に積み上げていくことである。 

 続々と寄せられる救援物資

       手際よく検品し(右)、箱詰めされて行く(左)
       
      
          段ボールに詰められた物資はカテゴリー別に積み上げられ、出荷を待つ
                

 私は主に小学生のランドセルの積み置き整理とゴミの分別に当たった。
  ランドセルは最終日前日には2000個ほどが集まり、かなり広いスペースに積み置いたのだが、形も材質も滑りやすく、高積みしていくと滑って崩れるのが悩みであった。
 最終日の今日、野球チームの中学生達の人海戦術で2段重ねで100個ずつ区切りの大整理をしていた。 これによって寄せられた数も明確に分かるようになり、締切数時間前で2500個を越えていた。
 「困っている人にランドセルを」というタイガーマスク現象が影響しているように思える。
 大半は子供が使ったものだが、わざわざ新品を買ったものもある。

 
(左)前日まで高積みされた夥しい数のランドセル  (右)今日きれいに整理された

 子供が使ったものでもほとんどはきれいで、新品に近いものも少なくないが、中にはひどく傷んでとても被災地に送れないようなものも持ち込まれた。そういうのものは申し訳ないが送るのを見合わせた。

 ゴミの分別は誰もしないので、自分で買って出た。
 ゴミと言っても家庭のように生ゴミは全く出ない。救援物資を持って来る時のビニル袋や紙袋、段ボールなどのほか、一緒に持ち込まれた不要のものや検品でハネられたもの等であるが、量はばかにならない。
 市のゴミ収集の規定に沿って「紙類(資源ゴミ)」「プラゴミ」など4つに分別して指定のゴミ容器に入れるのだが、相当滅茶苦茶に放り込んで行くのである。
 中には材質が分からなかったり、あるいは複合されていて分別しにくいものもあるが、明らかにデタラメなものが多かった。
 私自身は家内にいつも注意されるほど、家ではいつもいい加減なのだが、こういうところでは自分でも可笑しいほど真剣に分別して梱包をした。
 そんな姿に、ゴミを捨てに来た人からゴミ分別のベテランみたいな目で見られるようになってしまい、これには自分でも胸の中で苦笑いせざるを得なかった。

 今回の経験から、地震災害というような大きな動機付けになるものがあると、小さな矛盾や利害の違いを越えて、一面識もないような人との間にも連帯感が生まれるものだ、と思ったものである。