大玉村の公園で手をつなぐ老人と乙女
公園では森林をフィールドにしたネイチャーゲームが行われていた
老若男女が時間の経つのも忘れ楽しんでいた。
そのなかで、この二人の背中に透明さを感じ、思わずシャッターを切った
大玉村の公園で手をつなぐ老人と乙女
公園では森林をフィールドにしたネイチャーゲームが行われていた
老若男女が時間の経つのも忘れ楽しんでいた。
そのなかで、この二人の背中に透明さを感じ、思わずシャッターを切った
福島市の森で見つけたアカマツのタネ
長さ約1cm・・・
このタネが30年後には高さ30mの大きなアカマツとなる。
タネには、そのタネを生み出したものの遺伝子情報が組み込まれており、
『成長する』という意思にも似たエネルギーに満ちている。
あやかりたい・・・。

大玉村の森林公園から望む安達太良山(右奥)
青く透明な空を見ていると高村光太郎の智恵子抄を思い出した。
~ 智恵子抄 あどけない話 ~
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ、
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。
大玉村の森林公園にある炭焼き窯
炭焼職人は炭の焼け具合を『煙』で見分ける。
煙の色、臭いetc.
その手法はまさに技術であり、文化である。
しかし社会の依存するエネルギーが時代とともに変化し、
窯の数、そして職人の数が激減した。
文化は時代を映している。
時代が移りかかわれば、おのずと文化も変化していく。
仕方のないことではあるが、寂しさを覚える。
福島市にある花見山公園
ここは花木農家の方の私有地ではあるが、入場無料で一般に解放されている。
暖かな春の日、美しい花がたくさん咲いていた。
そして人々の笑顔が溢れていた。
桃源郷とはこんなとこなのかもしれない。