1456年のこの日、25年前に下された「ジャンヌ・ダルク処刑裁判」の判決の破棄が彼女の処刑地ルーアンで宣言されました。

ジャンヌ・ダルクは、フランスの国民的ヒロインで、カトリック教会における聖人でもあります。



辺鄙な小村に生まれた無学な農夫の娘だった彼女は「オルレアンの乙女」とも呼ばれ、神の啓示を受けたとしてフランス軍に従軍しました。

イングランドとの百年戦争で重要な戦いに参戦し勝利を収めただけではなく、各都市をフランスへ取り戻し、後のフランス王シャルル7世の戴冠を成功させた立役者です。

 


しかし、その後ブルゴーニュ公国軍の捕虜となり、身代金と引き換えにイングランドへ引き渡されることになりました。

イングランドと通じていたボーヴェ司教ピエール・コーションによって「不服従と異端」の疑いで異端審問にかけられることになったのです。

最終的に異端の判決を受けたジャンヌは、19歳で火刑に処せられてその生涯を終えました。

処刑執行者の1人ジョフロワ・セラージュは、後に「地獄へ落ちるかのような激しい恐怖を感じた」と語っていたそうです。

 

本日はジャンヌが死去して25年後、ローマ教皇カリストゥス3世の命でジャンヌの復権裁判が行われた日になります。

ローマ教皇カリストゥス3世も公式に承認したこの裁判は「(異端)無効化裁判」とも呼ばれ、フランス異端審問官長ジャン・ブレアルとジャンヌの母イザベル・ヴトンからの要請によるものでした。

この復権裁判の目的は、ジャンヌに対する有罪宣告と陪審評決が教会法の観点から正当なものだったがどうかを明らかにすることです。

結果、ジャンヌの無実と殉教が宣言されることになりました。

その後、1909年に列福、1920年には列聖され、フランスの守護聖人の一人となったのです。

 


ジャンヌはその死後4世紀にわたって半ば神格化され、フランスを代表する政治的象徴とみなされ、利用され続けてきました。

現在フランス海軍にはジャンヌ・ダルクの名前を冠した種類の異なる艦船が2013年現在までに3隻存在しています。

1902年竣工の装甲巡洋艦ジャンヌ・ダルク、1931年竣工の軽巡洋艦ジャンヌ・ダルク、1964年竣工のヘリ空母ジャンヌ・ダルクです。

 

彼女は今、何を想うのでしょうか。